第25話 両雄は邂逅する
【藤原
宮中へ向かう道すがら、主君の後ろを付き従っている二人の将、その片割れである藤原萌葱が不満を零す。
「こんな事態なのに悠々と歌を詠むなどアタシには理解できません」
彼女にしてみればすぐにでも自国にとって返し、無事を確かめたい一心であろう。だがそれを隣の姉、
「こんな事態だからこそ弔歌会に赴く意義があるのだ、妹よ」
「なぜだ、姉上?」
「萌葱よ、各地の反乱軍の状況を調べさせていた細作達からの情報をまとめると、既に反乱は大陸全土に波及している。そして藍がそうしたように、各国で反乱軍に対応している状況だ。ここまではよいな?」
「う、うむ」
「つまり迅速に応じて反乱軍を抑える国もあれば、対応を誤り逼迫する国もある。そしてこの弔歌会はある種の試金石となり得るのだ。ここで余裕のある諸侯は小国といえども有能な臣多く、軍も精強であろう。逆に何らかの理由を付けて弔歌会を辞する者たちは、我らの相手たり得ない。それはこちらも同じことだ。ここで慌てて藍に退くような無様を晒すことはできぬ。まあ、藍のことは心配するな、舛花や桔梗に任せておけばよい」
「なるほどな! 分かったぞ、姉上!」
二人の問答に、前を進んでいた主が足を止める。
「理解できたようだね、
振り返った
他者を圧倒するような覇気を纏い、悠々と歩みを進めながらもその双眸は遥か先にある何かを見据える。
主君の意を解し、浅葱と萌葱もその身に戦意を
三人はこの時代における正真正銘の英傑であり、その総身から放たれる存在感は、彼女たちを認めた宮中の官をして戦慄させるものであった。
【
宮中で催される弔歌会の華やかな間。
そこに集いつつある者たちを柔和な人好きする笑みで一望する娘がいた。彼女の名は
その新しい国主は、傍に控える長身で玲瓏な空気を纏う武人と文官然とした少女に水を向けた。
「皆さん、思ったより参加されないんですね。ご挨拶をしたかったのに……」
「
「えっ、どうして
鴇の純真な瞳を、真赭と呼ばれた小柄な文官の少女が見上げる。
「実は何日か前から
「ええっ、そうなの⁉ ウチは大丈夫かな⁉」
「ご安心を、鴇様。この反乱が近いうちにあること
「そもそも私たち紅国は、鴇様が提唱された共和制で動いています。これは基本的には民の代表者が政策などを議論するため、民衆による反乱の土壌自体が形作られにくいものです」
主君の不安を和らげるように、武人の
「そっかー、じゃあ安心だね。ありがとう、真赭ちゃん、臙脂さん」
憂いを払拭した顔で鴇は笑んだ。表情をころころと変える年少の主を慈しみたくなる臙脂であったが、それを抑えて彼女に釘をさす。
「むしろここにいない者達より、目の前の諸侯たちにこそ集中しましょう。鴇様の理想を実現させるためには彼女たちの方が余程難敵です」
紅国では無類の武を誇る臙脂。
だが、彼女をして警戒せしめる相手がこの場には幾人もいた。それらは別格の実力者は各国が誇る戦力である。
「例えば、あの者も只者ではないように見受けられます。油断ならない覇気を纏っていますね」
「翠国の橘
臙脂が視線を向けたもの言う花の名を真赭が呟く。
床までつきそうな深緑の長髪が目を引くが、その無駄を削ぎ落して引き締まった体躯が秀でた武人であることを物語っていた。
「どんな人なの?」
「翠国を治めている橘家の次女です。おそらく今回は当主の名代でしょう。弓術の神童、人呼んで『魔弓の射手』、六歌仙に匹敵すると聞いたことがありますが、私では武力を測れません。実力は臙脂さんが脅威を感じる程のようです」
「えぇ⁉ それものすごく強い人だよね⁉」
「間違いありませんね。そして、あちらも注目すべき国です」
今度は真赭が優雅に構える女を名指しする。
「黄国を代々治めている源家、源
「確かに傍らの武人達も腕が立ちそうだ」
「うぅ……なんか私がいるの、場違いな気がしてきたよぉ」
「そんなことはありません。我々は確かに小国ではありますが、鴇様そして私たちの抱える大望はどの国にも負けません」
「その通りです」
真赭の励ましに臙脂も大きく頷いた。
「うん、そうだね。皆のための国、皆が笑顔で暮らせる国を作んなきゃね」
両手を握り決意を深める主に、真赭が頬を僅かに緩める。
「そうです。鴇様が示す帝政以外の道をこの大陸に広めるために頑張りましょう!」
その主と臣下を超えた家族のような紐帯を臙脂は好ましい物として見守っていた。
紅国、大陸西方に位置する小国。
それは
国の運営を決めているのは民たち自身であった。国宝の神器によって国内の町や村を繋いで議場を作り、論議を以て民衆もが納得できる形で物事を進めるのである。民たちは自分たちの手で、生活を良くしていける実感に幸福し、この新しい鴇の国家運営を良しとしていたのであった。
人民主体による国家、それは現在まで続いている君主制の否定。
その結果、町や村で能を見出された者は男でも周りから推されて、官吏として国民が少しでも良く暮らせるように国の運営に奉仕する。そのため、極めて局所的に男女の平等性が実現していたこの時代の稀有な例であった。
突如、階下から溢れ出す強者の気迫が、武人として研ぎ澄まされた臙脂の感覚を刺激する。何か空恐ろしいものが近づいてくることに気づき、彼女は身構えてしまうのであった。
各国の選りすぐりの武人たちも気配を感じ取ろ、入口に一斉に険しい眼を向けたのであった。
「どうしたの、臙脂さん?」
臣下の様子に首を傾げる鴇に、臙脂は答えることが出来なかった。
(——来る!)
悠然と姿を現す影に、臙脂は息を呑む。
主とそれを頂く武人が二人、そのいずれもが己を上回るかも知れない使い手であると推し量れた。
それにしてもその君主の充溢した気力は圧倒的であった。
周りを安心させ包み込むような鴇とは大きく異なる王気、彼女もまた間違いなく時代の寵児たる英雄であろう。
その人物は周囲に目を走らせた後、こちらに見定めて歩みを進めて来る。
咄嗟に臙脂は主を庇うように前に出ようとする。
だが、それを鴇の手が制した。
紅国の国主もまた理解したかのように毅然と歩き出す。
そして、二人は正対する。
「初めまして。私は紅国の三条鴇です、よろしくお願いしますね」
「僕の名は藤原白群。そうか、君が三条鴇か。覚えておくよ。よろしくね」
柔和な笑みと獰猛な視線が交差する。
この僅かなファーストコンタクトで藤原白群と三条鴇は互いが相容れない存在であることを認めた。そして同時に自身の望みには必ず眼前の相手が敵として立ち塞がるであろうことを悟ったのである。
これが臙脂を含む三条鴇たち紅国勢力と、藤原白群を筆頭とする藍国勢力との初めての邂逅であった。
ここにおいてこの乱世の時代に大きく動かす両雄が出会ったのである。
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