第11話 夏枝追葬譚 -導入編-

ようこそ、「夏枝追葬譚」へ。

この物語は、作者が「やむなく手放した物語の断片」を再び編み直し、皆様にお届けする特別な番外編です。


本編の第三話「時間よ! 逆巻け!」と第四話「面妖で異質! 正社員広告」の間に位置する、夏枝の“無職期間”を彩るエピソード。本来は本編に含まれる予定だったものの、テンポを優先して割愛した部分を、ここで改めて物語として紡ぎました。

この話は、「夏枝」という存在の“幻想的な思想”に触れるためのもの。


取り留めのない幻想、終わりのない妄想、そして哲学的な香りが漂う内容です。


今回はその「導入編」。後日、「本懐編」も公開予定ですので、気長にお待ちいただければ幸いです。

少し風変わりな物語ですが、寛容な心で楽しんでいただけたら嬉しいです。

どうぞ、ゆっくりとご堪能ください。


題名-為政者-

俺は自室の中心で、ゆっくりと回転していた。

荒れ果てた、いや、“混沌”と呼ぶべき部屋の惨状をぐるりと見回しながら。


この部屋には、俺の心の断片たちが蠢いている。

それぞれが、まるで自分の領域を主張するかのように、好き勝手に散らばっていた。


床を埋め尽くす積読の山と、読み終えた本の群れ。

机に収まりきれず、床に避難した酒瓶たち。

本棚はフィギュアたちに占拠され、ゲームソフトは隙間に無理やり押し込まれている。


だが、最も厄介なのは部屋の隅に鎮座するPCデスクだ。そこだけが、妙に生活感に溢れている。

飲みかけの酒瓶、汚れたグラス、読みかけの本、床に置けなかった小物、そして、妄想を殴り書きしたノート……。


やりかけの“生”が、無造作に散らばっていた。

俺――この部屋の為政者たる者は、朝九時になったばかりだというのに、酒を煽っていた。

なんせ、することがないのだ。


長い間、「仕事のために家に帰る」ような生活だった。だから、自由を手に入れた今、どう過ごせばいいのかわからなかった。


だから、酒に逃げた。

心の安寧を求めて、金色の航海へと身を委ね、

孤独という名の小島に辿り着こうとした。

幻夢の世界へ旅立ちたかったのだ。


夢の旅路に出るため、俺は一冊の小説を手に取った。混沌とした本棚から、超新星を求めて選び出す。


タイトルは――「熒惑のプリンセス」。


素晴らしい著作だった。俺の中に巨星が宿り、その因果に引き寄せられる。


──今なら、砂塵舞う。

その大地に降り立てそうな気がした。

高く、高く、飛翔するように――。


次に目を開けると、そこは見慣れた改札口だった。

夢の縁を通過するための改札。乗客は、もちろん俺ひとり──。


ポケットから金色の回数往復切符を取り出し、改札に差し込む。判子が押されたのを確認し、足早にホームへと向かった……。


ホームの案内板には「熒惑のプリンセス号」の文字が点灯している。出発時間? そんなものはない。必要ないのだ。為政者たる俺が望めば、「汽車」は来るのだから。


“汽車”とは言っても、乗り物の姿に決まりはない。

小説に準じたものが「現れる」――それがルール。


今日の乗り物は、SFチックな一人乗り用の浮遊機だった。俺は慣れた手つきで主力機器の調整と行き先の確認を済ませ、その上に立ち、そっと浮かせる。


「──では、熒惑に向かって!」


その瞬間、乗り物は一気に加速。

亜高速のスピードで全ての縁を断ち切り、

俺を“心の縁”へと旅立たせた──。


気がつけば、終着駅のホームに降り立っていた。

そこは、風化し、憐憫に近い空気が漂うロータリー……。唾棄すべき、打ち捨てられた街並み。

それが、俺の“心の縁”、最終駅の風景だった。


改札へ向かい、来たときと同じように金色の切符を通す。すると、切符は改札に「飲まれ」、静かに消えていった。


ロータリーに着くと、見慣れた“扉”が一つ。

俺にとっても、そして多くの読者にとっても、見覚えのある扉だった。俺は手を握りしめ、「出ろ……出ろ……」と願う。


すると、掌に熱が宿り、次第に握るのも辛くなる。

それでも我慢して握り続け、ゆっくりと開くと――

掌には、年季の入った真鍮製の鍵が顕現していた。

ギラギラと輝くその鍵を錠に差し込み、ガチャガチャと音を立てて開錠する。


そして俺は、虹色の扉を開けて――

いそいそと、その中へ入っていった──。


あとがき

ご覧いただきありがとうございます!

「夏枝追葬譚」の導入編、いかがでしたか?

ちょっと幻想的で、ちょっと哲学的なこの物語、気に入っていただけたら嬉しいです。


次回の「本懐編」もお楽しみに! コメントや感想、ぜひお待ちしています!

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