第二十七装 『背伸びとは、心の成長。』
ワシは、あの時泣いていた。
三日前のあの夜、ふいにかけられた言葉。
あやつにとっては何気ない言葉じゃったかもしれん、もしかしたら『こんぷれっくす』というやつじゃったのかも。申し訳ない事をした。
「無駄…………じゃな、無駄に決まっておろう。」
それはワシが想像していなかったセリフじゃった。普段のワシなら絶対言わんような、女々しく弱弱しい台詞。
もっとマシな事を返せたはずじゃった。
「…………」
じゃが、何故かできなかった。
何故か分からんが急に視界が曇り、ワシの超ポジティブな思考が突如機能を停止したのじゃ。
全くなんと、心というものはポンコツなんじゃ。その時ワシはつくづくそう思った。
しかも悲しきかな、そんな冷戦状態が夜まで続いたとは。二人とも考えもしなかったじゃろう。
────午後8時。
本来ならコハクとアルマは晩飯を共に頬張りダンジョンの話や最近の流行、取り止めのないことで笑い合ういい時間のはずであった。
机に置かれた素朴な飯、今まででは考えもつかなかった健康的な料理を2人で囲む。
ちっさな32型テレビに映るヤシモト芸人のコントを見て、腹の底から笑い合う。
時折肉を取り合って激しいバトルを繰り広げるが、大抵すぐに終わる。
そんな小さな幸せだったのに。それすらも壊してしまった。
「…………」
「……っふぅ。」
味がしない。
アルマはそう強く感じながらアツアツの肉団子を口に運んだ。
芳醇な肉の香りとあんかけと混ざり合った旨み溢れる肉汁が米を誘おうと意識させる、はずであった。
しかしどれだけ口に入れようが土の塊をもしゃもしゃと噛むように、食事の実感が全くない。楽しいはずのものが楽しくなくなる、なんとも感じ得がたい痛みであった。
(このままじゃ……いけない。このままにしちゃいけない。)
コハクもアルマと同じ感覚であった。
時間が解決するだろう、かつてどこかの偉人が言ったそれに倣いコハクは手段を手放した。そうやって甘えた結果、冷たい空気を作ってしまったのだ。
(背伸び…………か。)
コハクはあの二人の背中が脳裏に焼き付いてしまっていた、それは出会って数時間の関係だったがコハクの中に象徴的な正義感を流し込んだのだった。
平凡以下で退屈だった彼の活力は、太陽のごとき熱き出来事と次々に巡り合ったことで再びその活力を取り戻し。突沸のように行動を起こし続けた。
ダンジョンに潜り喋る武装と心を通わせ、次々と敵を吸収し続け。
敵が発散する魔素を完全に吸収するという偉業を目にし、力を蓄え。
そして今、その大切な相棒を傷つけていた。
彼らの背中を間違ったまま理解した、人間の屑が。自分が嫌悪してならない、心の荒んだ悪者に。
『パシン』
コハクは箸を置いた右手を自分の顔に近付けると強く引っぱたいた。
ようやく覚悟が決まったのだ。
「アルマ、ちょっといいかな。」
「ん~? なんじゃコハク、急に改まっt……」
『ドゴゴゴッゴゴゴ!!!』
アルマがレスポンスする前にこの黒鐘コハク、最大限の謝罪を相手に送るッ!
床に地響きが起き、アパートに住む全住民が机の下に緊急避難するほどの大きな大きな反省。彼の覚悟はまず、痛みと形から入ったのだァ!!!
「なっななな何してるんじゃァ!!?怪我は……ケガはないか!?」
「いや、問題ない。怪我させたのは俺の方だから、これぐらいじゃ全然返せてない。」
「いや返すもんじゃないじゃろ!」
アルマは指をグイっと伸ばしグリグリと今も顔を掘削機の様に動かしているコハクの顔を持ち上げる。おでこは床の模様が写るほど強い圧力をかけられ、フシュウと白い煙がたちこめていた。
食事は一時中断、アルマとコハクは面と向かい合い話し合いの姿勢に入った。
「ごめん。俺、間違ってたよ。アルマ、俺ェお前のことが好きだ。」
「ほうそうか……ってえ!?……えェ!??」
突然の告白、愛の吐出にアルマは心拍数が爆増する!心臓ないけど!!!
「そ……そんなこと言ったって…………何も出んぞ?」
「アルマと話したあの話、俺怖かったんだ。今までなーんの取り柄も無かった俺が、いろんなことから逃げてきた俺が。やらなくていいことをするなんて、意味もないことするなんて。」
コハクは思っていたことをありのままに話す。毒気のない、弱弱しく今にも消えてしまいそうな脆い真実を。
アルマは俺の首に指を回すとよしよしと慰めるように、頭を撫でてくれていた。そのおかげか分からないが、心の底から再び。炎が燃え上がったのだ。
「意味もないなんて、お主が言うでないコハク。ワシは確かに強くなりたいと、本当のワシを思い出したいと言うた。じゃがあくまでそれは夢、大きな大きなゴールの一つ。ワシのやりたいことは一つ、コハクとこの大切な日々を楽しむことじゃ。」
コハクはその深い愛に感謝しながら自分のやったことを反省する。
背伸びとは、足らない自分を強く見せることではない。
大切な者達のために、少し自分を勇気づける事だったのだ。
右手でアルマの指を持つと、目線を合わせ。
強張った口をゆっくりと開いた。
「あのさぁ……その…………もし。もしでいいだけどさァ。」
顔が徐々に赤くなり、血管を血液が駆け巡ろうとする音が聞こえる。
こうやって改まって言うとなるとどうしても言葉が出てこない、先人たちの偉大さに敬意を示すと共にその狂気じみた心意気に恐怖すら感じる。もしかしたら見ず知らずの人に言うより、知れた仲のヤツに言う方がきついのかも。
じれったそうに上目遣いになったアルマを見て、ぴくぴくッと耳が動いた。
「今度の休み、さ。…………二人で三㋨宮で……その~なんというか…………服とか、飯とかァ。な? 一緒に…………」
「はァ、デートかのう?」
「フグゥ!??」
「全く……勇ましいんだか玉無しなんだか…………お主はいつもワシの予想を超えてくるのォ。少しは一貫性があっても良いんじゃが…………」
せっかくの挑戦をあしらう左腕。その言葉、常人ならばがっくしと膝を付いてもいいかもしれない。
だが、相手が違う。なんせ自分の左腕なのだ、考えてることはまるっとオミトオシである。
(やった!やったぞ!!! ついにデートじゃデートじゃ!宴じゃァ!!!)
アルマは心の中でブレイクダンスを披露するほどコハクの誘いを喜んでいた。
なんせ随分と時間がかかったのだ、鈍感な主は気づくのに手間がかかりすぎたのだ。普段のネットサーフィンもあえて音量を上げたり観光地の写真をデカデカと張り出し意識させ。暇な時には外へ行こう、アレを見に行こうと会話の中に忍ばせ。
何日も何日もようやっと、その意図に気づいてもらえたのだ。これほどうれしいと感じたのは初めてであった。
「ま……まぁワシを傷つけた罰じゃ、お主に外出を命令してやろう。精々策を練って、ワシを……そのぉ~楽しませるッ!楽しませることじゃな!?」
口が緩んでいるのを必死に隠しながら、ニカっと笑うアルマ。早速食事に戻りコハクの皿にあった肉団子に貪りつく!
さきほどまで感じてあった険悪なムードはすっかり鳴りを潜め、いつもの楽しい時間がやってくる。味覚も正常に戻り彩り豊かな食卓は、二人の食欲の
「あ!テ……テメェ!俺の肉をッ!肉を取りあがったなァ!!!」
「五月蠅いのお小童ァ!今お主がどういう立場にあるか分かっておらんようじゃのう! 行かんで良いのかデートに!?」
「アアン!?オメェこそ俺と一緒にイチャイチャデートしなくていいのか、どうなんだよ相棒さんよォ!」
二人はキィっと睨み合いながらものすごい速度で食事バトルをする。
その様子は、今もビビッて念仏を唱えている隣人たちには理解できないかもしれないが。
なんか、すごく『楽しそう』であった!!!
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