第二十八装 『健康的で文化的なデート』
「ということで~最初のデート場所に着きましたよ!」
コハクは意気揚々と目の前に聳え立つ赤い看板を自慢する。
庶民の味方、ファッション初心者の味方、そしてコハクの味方。日本國のファッションを担う、ヨニクロ三㋨宮店であった!
(ヨ……ヨニクロじゃとッ!? ま……まあいきなりBUCCIとか
コハクはボロボロのスマホを開くとデビットカードの残金を確認する。
6年前中学校に入学した祝いに買ってもらったこの旧世代機、画面はバキバキ5G非対応更にはホームボタン付きと言う完全にジョブズの遺産となっているのだ。
「俺の今の残金は~28万5600円。まあ今日使う分なら特に問題はないだろうな。」
「ほほう28万とな…………ん待て待て。ワシら、かなりの稼ぎがあったはずじゃが?」
確かに魔石も喰いまくったしドロップ品も半数以上喰らいつくした、報酬分のアイテムも多少つまみ食いした…………
だが明らかに稼いだ額に比べて預金が少なすぎる!これは明確な裏切り行為、すなわち
(まさかこやつ……ワシに隠れてこそこそとゲームに課金してるではあるまいな?もしそんなことをしてるとなると直ちにアカ削除からのグーパンじゃぞ???)
メラメラと燃え上がる眼を感じたコハクは、急いで弁明する。
「違うって!アパートの家賃遅延分まとめて払って、親から借りてたお金を返したんだよ!」
「……本当じゃろうな?その話は聞いたことがあったが、他には使ってないじゃろうな?」
「マジのマジ!大マジ!!!」
人が多く通るヨニクロの前で左手に弁明する男、普通に見れば通報案件まっしぐらなのだが。ここは三㋨宮、奇天烈摩訶不思議が日常茶飯事。
そんなもの見慣れているというかまだマシな方なので全然スルーしていく。
アルマはジト目で追い打ちをかけるが今日という日が大事な意味を持つことを思い出しふと我に返った。
「うむ、ならしゃーないの。さあ、ファッションと言う名の戦へ向かうぞッ!」
「おっしゃァ!!!」
そうしてコハクはアルマと共に偉大なるファッションの門を潜ったのであった!
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
それから二時間後。
コハクとアルマはヨニクロから満足そうな顔で出てきた。
両手に持つ紙袋の中には選定に選定された選りすぐりの服たち、あらたなる『武装』がこんもりと詰まっていた。
「全く……お主と言う男は…………服を買ったことがないと!? 一度もか!!!」
「すいやせん…………」
なぜこんなに時間がかかったのか、その理由はシンプル。
服の選び方がさっぱりだったからである!!!
暑がりだというのに冬服をやたら着たがるし、かけもしないサングラスに目が奪われるし、色の合わせは最悪だし。
あまりのひどさに店員が笑いを抑えきれないほどのミーハーさを見せつけてしまったのであった。
こっぴどく叱られたコハクは、母にガミガミと文句を言われる子供のように、ガサガサ紙袋の中身を見物する。
「あのさあのさ!別にカーディガンとか買ってもいいじゃん!なんでそんなに嫌な顔すんだよ!」
「別にカーディガンはいいんじゃ、問題はその組み合わせ!あんなピザ生地みたいなダボTに合うはずないじゃろ!?」
「え……え~そうかな?俺は似合うと思うんだけどなぁ。」
「ファッションはッ!人にッ!見せるものじゃッ!!!」
その他にも限定品や売れ残りセール品、チェック柄や花柄、初心者がハマる罠を徹底的に防いでいきなんとか自分たちに必要な物を買うことに成功したのであった。
今彼が着ている白いTシャツにゆったりとしたオーシャンブルー色のズボン、そしてそれを引き締めるメッシュベルト。これらは全てアルマがセレクトしたものだ。
普段からある程度コハクに似合いそうな服を調べていたこともあって、三㋨宮にすっかりなじんだカジュアルなスタイル。流石相棒である。
歩くたびにジロジロと自分の服を見るコハク。
「どう……どうだ…………変な感じじゃあないよな?」
「当たり前じゃろ、ワシを誰だと思っとるんじゃ? 武装王じゃぞ!ファッションセンスもアリアリの大ありじゃッ!!!」
テクテクと商店街を歩く二人。
新たな装いに身を包んだコハクは少し自信ありげに通りを歩く。鏡やガラスに映る新たな自分を見て少しニヤニヤが止まらないようだ。
だが、歩けば歩くほど今度は別の問題に差し掛かる。
『ピタッ……』
一呼吸付き俺ははぁっとため息をつく。
左手からの焦げるほどの熱い眼差しが俺に襲い掛かっていたからだ。
こういう時のアルマは、たいてい我儘モードに入っている。ダンジョンの時も3割がたこれでドロップ品を喰い漁られている、なんとも恐ろしき武装王の能力である。
「なんだよ…………」
「まだ二つ目のデート先を決めておらんじゃろ?」
「いや、次はハンバーガーにでもと……」
「そ・の・ま・え・に! お主の服選びを手伝ったんじゃ、ワシにも何かお返ししてほしいんじゃが?」
確かにそのとおりである。
非情なコハクはついうっかり忘れそうになっていたが、これで二時間も使っていたのだ。デートと言えどかなりの労力を使ったはず。
とはいえ今の自分に返せるものとは…………
(あッ! やばいぞこの感じ、絶対やばいッ!)
「ワシもぉ~身だしなみには気を使いたいしぃ? ちょっとこういう物を買ってみたいと思ってのぉ~?」
そう言っておねだり顔をすると同時にスマホを奪取、さも当然のようにパスワードを解除しカタカタとある物を調べる。
じゃんっとスマホを見せられると、そこにはハンドクリームが写っていた。
「えーっとなになに~…………『全ての美しい人々へ、奥の手を。
フレッシュフィール モイスチャースライムジェルPro バレンシアオレンジフレーバー』?」
まるで魔法の呪文のような商品名に頭がくらくらする。
まあこれを一緒に買いに行こうということなら、全然問題ない。し、むしろこれぐらいでいいのなら大歓迎である。
コハクはにこっと笑うと二つ返事で了承する。
「え……ええ!本当にいいのじゃ?本当の本当に!?」
「え、もちろん。これぐらいでいいならいくらでも買ってやるさ。」
「ぬふ~コハクだーいすき♡ちゅっちゅ!」
ありえないほど上機嫌になったアルマに若干の違和感を感じながらも見事にハートを討ちとめる。これこそ我が力我が魅力である、コハクはニヤリと笑ってスマホを見た。
跳ねる左腕に誘われ青年はいそいそとセンター街へと駆け出していく。
だが、彼は一つミスを犯したことにまだ気づいていない。
そのハンドクリームが両手で持つ服たちの総額と、釣り合うほどの価格だということを────
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