第二十五装 『進めッ男の道!』

てくてくと歩いていき、JRの駅の階段を上っていく。


こんな何気ない、当たり前であったはずの行動。やけに緊張するのは久しぶりだからか、それともデートだからなのか。

実に3か月ぶりの乗車に、一瞬切符の買い方も忘れてしまうほど。


(人数は……2人?……いや、1人だよな。行き先は……タルミ……アシヤ…………あった、ここだ。)



呼吸を整え震える指でタッチパネルを触るコハク、そんなものは御構い無しにと初めての公共機関に興奮する左腕。


「ここが『えき』という場所か…………pcで何度か閲覧はしたが、やはり面白いほど忙しないのォ!」



アルマの日課はネットサーフィン。毎日二、三時間大抵はY◯utubeで動画閲覧をしているが…………社会情勢や日夜更新される魔力の知識、そして未知の情報を取り込んでいた。


そんなアルマが一番調べていた情報、それが外出先であった。



「全く、頼りないのはプライベートでも一緒じゃのう?」

「ちょっと待てよ……これを…………違ったこっちを…………よし、準備おけい!!!」


3分ほどかかりようやくほかほかの切符を手に掲げガッツポーズを見せる。


本来なら適当にあしらいすぐにホームへと足を運ぶ筈だった、がアルマはぷるぷると震えて小さな笑いをコハクに向ける。

その様子はまるで、小さな子供が頑張って描いた親の似顔絵を見たような。なんとも愛らしい笑顔であった。


「なんだよ……」

「いや〜別に〜? おぬしを見てるとつい、な?」

「ああ……そうですかい。ほんじゃァ、い……行くとしますかね。」

「ふふ…………ああ!」


緊張しながらもコハクは勇気を出して改札を通り力強い足並みでホームへの連絡通路を進んで行く。

まるでエスコートをするダンディな紳士のように、アルマを胸の前まで上げて。


(今日は絶対…………やってやる。)

(期待しておるぞ? コハク。)



青年はこの日だけはリードすると決めたのだ。



、ちゃんとしたデートを────





▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△



それは今から三日も前のこと、ちゃーんとした休憩を取りベッドの上で黄昏ていたときであった。


コハクはふと目を横にやるとアルマがカタカタとパソコンのキーボードを打っているのが目に入る。日課であるネットサーフィンにどハマりし画面にドアップになる街ブラロケの動画を見てくすくすと笑っていた。



「いやァ〜本当にオシャレっすねぇ! なんというかロマンティックな隠れ家って言うんですかね、流石ヒョーゴの中心『三㋨宮』って感じ!」

「まあファイブロ様の本拠地だからね、城下町よ城下町! あらゆるブランド、ファッション、奇抜な発想の店舗が盛りだくさん! まさに日本のネオシティよ!」


男女のカップルが飛ぶ鳥を落とす勢いで話す動画は思わず、となりの俺にも聞こえるほど。



(三㋨宮、かぁ…………そう言えば行ったことない場所だ。ってあそこの奴らみんな奇抜で明かるいんだよ! 見るだけで吐き気がするッ、しっしっ!!!)



魔物の進行の前からかなりの発展をしていた三ノ宮、当時から多くの鉄道線が通り百貨店・デパートが賑わいを博していた。この地は目覚ましい成長を遂げこのまま良き文化を産む歴史ある街へと発展する…………筈だった。


が、そこに発生したのが魔物の侵攻である。

三ノ宮に発生した『羅刹ラセツダンジョン』、ヒョーゴ、ダイオオサカ、久留京くるのみやこの三大迷宮の一つで地下66層まで続いている。


そこから当時の計測で…………5もの魔物が溢れ出しカテゴリー(アメリカのとある研究者が導き出した、ダンジョンブレイクの危険度合い)5が発生。

60年たった今の今まで起きることのないレベルの『厄災』を引き起こしたのだ。



「まあそっからいまのファイブロの社長、神廼下かみのしたさんが一代で会社を世界規模にまで発展させて街の復興に一役買ったってわけよ。」

「しかも〜? あの人新しい事業に出資しまくるし、三ノ宮を守ったからあの人の領土みたいなもんだし。 日本各地から我こそはっていうアツイ奴らがじゃんじゃん店とか開きまくった結果、チョー最先端のイケてるこの街が誕生したのよ!!!」


ドドんとドアップの編集で締められ動画は終わる。


アルマは思わず親指と小指で器用にパチパチと、拍手を送り満足そうな顔で画面を見つめていた。



「ええとこなんじゃなァ、三㋨宮っちゅう場所は。」

「ああ、そうらしいな。俺行ったことないからわかんないけど、高校の時は皆んな三ノ宮で遊んでた気がする。」

「遊んで……ない?」


アルマはパッと振り返り不貞腐れたように目を瞑っている相棒の顔をマジマジと見つめる。その表情はどこか信じられないような、あり得ないと言った様子だ。


「本当に行ったことがないのか、暇な時とか……休日に遊びに行く時とか!」

「ない、俺ずっとゲームしてたし。」

「ほ……他は?」

「近くのミックドナでハンバーガー食ったりケンダキでチキン食ったり。そんぐらいだよ。」


自分で言ってて段々と胸が苦しくなってくるのがわかる。

あの日アルマとアパートの屋上でのある会話、それは俺にとって一番嫌な記憶。


アルマは理解できないような顔を向け、ポリポリと頭をかく。



「それこそ…………友達とかは……」

「……………………」


ついに俺は我慢できず、無言の壁を作り上げてしまった。



自分だって気づいていたのだ。

たまに一緒にゲームをするぐらいの仲、外食も行かずプライベートでの関わりがほとんどない。学校で会ったら日常会話をして、放課後になれば即帰宅。


そんなもので『友達』と呼べる訳がないことぐらい。



「……っていうかさぁ、わざわざ外出る意味あるか?」

「そりゃあるじゃろ、自分の知らない世界や景色をその身で『経験』できるじゃろ? 三ノ宮なんて特n」「まあ俺は……興味ないな。ダンジョン行って金稼いで、帰って風呂入って寝る! 十分だろ?それ以外労力と時間と金の無駄、景色も飯も服もアトラクションも、いまじゃVRだのテレビの番組だので全部体験できる。そんな無駄してる暇あれば、せっせと働いてるほうが…………良いに決まってる!」


割いるように心のドス黒いものをぶちまける。その痛みから逃れるためか、その虚しさを紛らわせるためか、八つ当たりしたコハクはぷいっとそっぽを向き壁を見つめた。


時計の針がやけにコチコチと部屋に響き俺の体にチクチクと刺さる。扇風機の風も、天井のライトも、布団の生温かさも、全てが気味悪く心の隙間へと手を伸ばす。



『シーン……』



いつものようにどちらかが話を展開するわけでもなく、ただそこにいるだけの哀れな存在。今、二人はそれに成り果てていた。


(ふん……俺は正しい。外出だの休憩だのって……そんなの意味ないさ。俺は絶対に間違ってない、ちゃんと働くことなんて正当性しかない。そんな甘えて怠けて、馬鹿みたいに休むことは…………いまの俺にッ…………)

「そう、か。そうじゃな…………」


後ろから、なんとも残念そうな声が聞こえたんだ。


それはそれは、なんとも申し訳ない声だった。


気づかれないようにそーっと後ろを見る。




「確かに、コハクの言う通りじゃ。無駄…………じゃな、無駄に決まっておろう。」


アルマはいつものように元気な笑顔で応える。

いつものような、見る人までも明るくさせる素敵な笑顔。








嘘だ。


「ワシらは強くならんと、いけんのに。何を甘えてたんじゃ……ワシは…………」


そんな目で、そんな口で。


触れてもいないのにわかる、重い溜息。

その0文字の感情吐出に、俺の体はその場で固まる。


『ジワッ』


ふと目を見ると、光に反射して『ナニカ』が見えていた。


いや、見えてしまっていた。




俺は、決してやってはいけない…………決して起こしてはいけない事を、してしまったのだ。




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