第二十四装 『あれから……』


『彼はわたしに言われた、「人の子よ、立ちあがれ、わたしはあなたに語ろう」』


『そして彼がわたしに語られた時、霊がわたしのうちに入り、わたしを立ちあがらせた。そして彼のわたしに語られるのを聞いた。』



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『人の子よ、彼らを恐れてはならない。彼らの言葉をも恐れてはならない。たとい、あざみといばらがあなたと一緒にあっても、またあなたがさそりの中に住んでも、彼らの言葉を恐れてはならない。彼らの顔をはばかってはならない。彼らは反逆の家である。』


『彼らが聞いても、拒んでも、あなたはただわたしの言葉を彼らに語らなければならない。彼らは反逆の家だから。』


『人の子よ、わたしがあなたに語るところを聞きなさい。反逆の家のようにそむいてはならない。あなたの口を開いて、わたしが与えるものを食べなさい」』

「7つの星よ、飛びたち運命を見測る子らよ。反逆しそむいてはならない。あなたの魂を我が物とし、わたしが望むものを食べなさい。それは、幸福であり、祝福となりその身体に久遠の果実を…………」




アルマが横から口を挟み、コハクはその赤い本をぱたりと閉じた。


「あ、閉めるでない!今からワシが朗読する番じゃ!」



帰り際に優しそうなおばさんがわざわざ配っていたのを見て、ついに手に取り持ち帰ったのだ。


(まあ三日も放置してたから…………罪悪感かな…………)



「全く……その本、ワシがさっき言ってやったセリフの方がかっこいいじゃろ?寄越すんじゃ。」

「勝手に改変すんなこの異端信徒、エゼキエルも泣いてるぜ…………」




アルマと出会ってから、二週間が経っていた。


外はすっかり暑くなり半袖のかわいい女の子が出歩くいい季節に移り替わろうとしていた。

そして五層でのあの一件から、俺に心にあるが起こっていたのだ。




一つ目は『背伸び』するようになった事。


「そう言えばお主も随分と、力を増したようじゃのコハク。魔力視でばっちり見えておるぞお主のオーラが。」

「へへ……そいつぁどうも…………って魔力視!? お前いつの間にそんな技術身に着けたんだよ???」

「ん~鍛錬じゃ鍛錬。お主も頑張りよるし、ワシもたかがガキ一匹に負けるわけのはどうも癪に障るのじゃ!!!」


(なんかムカツクなコイツ…………左腕の癖に……)



そう思いながらも心の落ち着きを意識し、呼吸を整える。普段なら喧嘩が始まっているだろうが、今のコハクには落ち着ける『理由』があったのだ。


「ステータス。」



体から出てきた魔素が光の板となり情報を開示する。

俺のモチベーションであり、俺を支えるある意味では『ステータス』なのかもしれない。




名前ネーム:クロガネ・コハク

威名アマラ:“武装者”

階級ランク:E級探索者ネザランナー

行術:無し

伎能スキル:【特異術ユニークスキル】:『武装王』…万物吸収、能力獲得

   【普遍術コモンスキル】:『肉体硬化』『粘体変化』『肉体強化』『穿角生成』『肉体活性〈小〉』『強骨化』『音波操作』

   【耐性術レジスト】:精神耐性〈中〉、衝撃耐性〈中〉、斬撃耐性〈小〉、殴打耐性〈中〉


装備

・朽ちたブロンドソード「ナマクラ」

・石装




あれから俺はたくさんの魔物を倒した。

そしてたくさんの力を得たんだ。



豚頭オークの大キバ』を吸収して得た『肉体活性〈小〉』は、肉体の自然治癒速度の向上、力のリミッターの解除のしやすさが向上する常時発動パッシブ型のスキル。


七層にいた骨の魔物、スケルトン。

ソイツの『不気味な骨粉』を吸収して得た『強骨化』は、内骨格の強化及び骨の成長、小規模ながら骨の修復ができる優秀な補助スキル。


九層にいた魔力を持った凶暴なコウモリ、コン・バット。

ソイツの『闘翼コン・バットの厚い皮膜』を吸収して得た『音波操作』は、打撃や斬撃といった攻撃に衝撃波を付与、半径2~3m以内の敵の音を感知できるようになる戦闘を有利に進めれるスキル。



「それに?そいつらを吸収して攻撃を喰らいまくったお主に、耐性レジストが付いてくれたんじゃったな。あの時のおぬしの顔を思い出すと……ブフォッ!」

「おい、笑うな。スケルトンをぶん殴って骨にひびが入ったなんて、絶対にバラすんじゃないぞ!いいな!?」



極力アルマの補助を借りず、自分の魔力だけでたくさんの敵と戦ったのだ。


最初は日和ったりスカしたりして、傷ばかり負っていた。何日も何日もゴブリンやアルミラージからそういった敵までひたすら殴り、蹴り、剣でぶん殴った。

自分の力量の無さに心底呆れながら、相棒に見合う男になりたいという純粋な想いを。



それを胸に、『背伸び』を続けたのだ。


「まあ、かなり腕は上がったんじゃないかの? お主バカじゃから、ワシのアドバイスをよーく聞いてくれるし。教えがいがあるもんじゃ!」



アルマも俺の意図を汲み取ってくれたのか、毎日のネットサーフィンの中で戦闘術を調べ上げ俺に指南してくれたのだ。


ようやっとThe・相棒らしいことをしてくれた…………



「肉体活性のおかげで体が思うように動いてくれんだよ。おかげ様で一撃で砕けたんだよな。」

「ああ、人体で一番弱い『大腿骨』をなッ!!!」

「なんだよー別に事実じゃねーか。肝心なのは『俺が技術を使って攻撃した』ってとこよ!分かるかWi〇ipediaコピペ教師がよ、明らかに翻訳した説明文でバレバレなんだっよ!バレバレ~!」

「バッ……ち……違うのじゃ! 武術 拳 説明 って調べたらスワヒリ語で…………ムトゥワン・クドゥミグワって男が…………」



あわあわと弁明するアルマと論争するコハク、ふぅ~んと知ったような顔をするようになり左腕が火照っているのがよく感じ取れる。


時計を見ると時刻は11時半を回っており、時間の流れを一気に彼に伝える。


会話だけで起きてからもう二時間も経っていた。今まで軽い会話しかしてこなかったコハク、こうやって友達のように何気ない会話をするのは『あの子』以来であった。



「おいおい、もう11時半だぜ?約束忘れてないよな。」

「ん、ああ本当じゃ!お主よく気づいたのぉ、会話という物は恐ろしい力を持っておる…………」



ソファからすっくと立ちあがり風を切ってベッドに向かう。


クローゼット…………なんてものはないので普通にカーテンレールにかかったハンガー、そこから飛びきりの一着を選ぶ。



すっかり魔力を帯び一種の防具のようになりかけている服たちは、今までの歩みを感じさせる。何か月も同じ場所で留まっていた一人の男が、ある日突然出会った謎の魔石で大きな変化を迎えていく。


それは彼の心にも。



「カーゴパンツ良シ!メッシュベルト良シ!シャツ、匂い、覚悟良シ!」

「ふふ、結局いつもの服じゃな? 意外に見飽きんものじゃなぁ。」


ボロボロのスニーカーの紐を良い感じの硬さで結び、アパートの外へ出る。



階段を降り砂利と雑草に塗れた庭を抜け二つの道が現れる。


いつもの道のりは右、獄門ダンジョンへとつながる道。

魔力、スキル、経験値。更なる能力や可能性を引き出せる俺の『日常』。見慣れた木々や少し崩れた歩道を見ると、不思議な安心感を感じる。


「そんじゃあ、行くか。」

「おう!」



そういい俺は、左の道をゆったりと進んでいく。


このアパートにやってきてからは、一度も通ったことのない道。バス停やガードレールがずらりと設置された人工の『非日常』世界。


どことない不安がずんと俺の歩みを遅くする。日常に戻れ、お前の義務から逃れるなと。自分の中のあたりまえが、脚を引っ張りなかなか思うように動けない。



(本当に……俺はこんなことして…………)


水銀が心臓を通るような、不気味な感覚にくらくらとめまいがする。今なら遅くない、さっさと後ろにバックして…………



「コハク」

「!?」


左手の指がするりと伸び、コハクのほっぺをぎゅっとつねる。


「約束、忘れたのかの?」



その瞬間、気持ち悪い感覚は祓われたかのようにどこかへ消えて行ってしまった。


俺のかいた冷や汗を拭いながら、優しい声色で会話を続ける。



「言うんじゃ。」

「え、ええ?」

「約束、言うんじゃ。」


一瞬のためらいと共に、恥ずかしさで顔を赤くする。



「デ……デート。」

「そう、今日はワシとコハクのデートじゃ。なのにお主は、二つ目の変化に慣れておらんようじゃの。」


二つ目の変化、それは俺がいつの間にか恐れていたもの。

社会の流れに乗り遅れ、生き恥を晒していた俺が恐怖していたもの。


オーク戦の後は流石にできたが、そこからの数回は違和感を感じてしまいなかなか堪能することができなかった。



アルマはじーっと目を開き俺の回答を待つ。

本来ならばいつものような明るく陽気に話せるのだが、どうしてもできない。できる訳がない。


(そうさ、俺は社会に適応できなかったダメ人間。ダンジョンなんかに夢見てずーっとシャバいお金で生きて、親にも連絡できず友達にも相談できない。ようやく出会った頼もしい左腕にも戦闘を任せっきり、こうして今もこいつを待たせて臆病な心にずーっと籠って。期待を裏切って、迷惑ばっかかけてほんと俺は、ダメな人間だな笑)



「やっぱり俺さ俺さ、行け……」



そこで俺は、初めてアルマの顔を、しっかりと見た。

美しい眼、尖った歯が見える綺麗な口、薄くだが拍動の様に放つ魔力のオーラ。


そして何よりも。



(なんでそんな顔、してんだよッ…………)


確かにいつものアルマの顔、それに間違いはない。毎日見ているんだから、それぐらいは分かる。


ただ、分かる故に気づく。

気づけるはずだったのに、気づいて当然だったのに。俺は自分の事しか見えてなかった。


少し悲しそうな顔からは、いろいろな感情を読み取れる。

いや、感じ取れる。自分の一部だからこそアルマに俺の気持ちは分かるし、俺もアルマの気持ちが分かる。



……悲しませるのか?)



スゥっと一呼吸すると同時に、隠れるように動かした右手で自分の肌をこれでもかと引っ張り反省する。



考えずとも、最初から決まっていたのだ。ただ、覚悟が決まらなかっただけ。



「行こう、アルマ。今日は二人だけ、二人だけの特別な日だから!俺が…………エスコートする!」



腹の底から湧き出てきた、不思議な言葉。隠れていた本当の本音。


アルマは一瞬パァっと顔を明るくし、すぐに腕を戻し顔を隠す。



「ふんふーん♪ 当たり前じゃろコハク。ほれ、日が沈んでしまうぞ?」

「ん?随分と嬉しそうじゃねえかアルマさんよぉ? そんなに楽しみにしてくれてたんだな。」

「さぁ~どうじゃろな? これからの行動で、楽しみになるかもなぁ?」


るんるんと揺れる左腕に、しっかり歩幅を合わせるコハク。その口はどこか不思議と緩み、なおらない。


そう、彼らはしっかりと受け入れたのだ。




『時にはちゃ~んと、休憩すること』を────────

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