第二十装 『平穏たる不穏』

階段を降りつつ背後のバカ二人のありがたいお話を聞くアルマ、そして耳を塞ぎイーッとした顔で加速するコハク。


ようやく新たな層であり最初の目標である五層に降りる。



「お……おお…………」

「なるほど、そりゃ死人も出るわけじゃ。」


眩しい光が差した後コハクとアルマが目にしたのは、開けた岩場。

魔力が岩壁に影響を与え昼間のような明るさを地下で実現させ、心地よい暖かさを層全体に送っている。


そこに岩を掘って作られたのか歪なドクロのような形の拠点があちらこちらに見え、何かの動物の頭が刺さった槍が地面から突き出ていた。


他にも湖、小さい木々、虫。



「平和だなぁ…………」


コハクは思わずほっとして呟く。てっきり血みどろで醜い場所なのかとばかり思っていたが、実に見事な環境である。こんなところなら何時間でもいられそうだ。


後ろの男たちは少し慣れているのか周りをキョロキョロ見回し、腰に携えた剣に手をかけている。



「なぁにが平和じゃ、よく見てみるんじゃ。ほれ……湖の。」

「んんん?」


アルマに言われ俺は岩に腰を下ろして少し遠くにある大きな湖に目を凝らす。



見えるのは揺れる水面に、魅了されはしゃぐ若い探索者ネザランナー達。互いが互いに水を掛け合っている様子を見ると、カップル達のたまり場になっているようだ。



「ねぇねぇダーリン♡こんなところダンジョンにあったんだね!」

「もちろんだよ。そのためにわざわざ『コーベ』に来たんだから、こんな上の層でこんな環境が出来てるなんて結構稀なんだよ?」

「へぇ〜モノシリ〜♡そんなところも好きぃー!」

『チュッ』



なるほどいってる意味がよーくわかったぞ。うん、間違いない。絶対にああいう惚気るバカどものことだな。

人が一生懸命働いてる横であんなもの見せられたら効率も注意力も落ち、魔物にヤられてしまうということか。…………ケッ!!!



「ああ……確かに。死人が出そうなイチャイチャだな、ムカつく。俺だってああやってハシャぎてえよ…………」

「違うぞバカタレ、全くぼっちはすぐに妬むのォ。ワシといっつもしてるじゃろうに、何を妬むんじゃ……」


アルマは腕を動かしカップル達から指を反らしていき湖の畔の方を指す。


若干芝生が生えた至って普通な畔、よく手入れされていて素足で踏んでも痛くないように先っちょがたいらになっている。こういう細かい人への配慮が使う者の満足感を上げリピート率を高めるのだろう。職人の利用者に対する気遣い、敬礼ものであった。


顎を手で擦りながら「なるほど」と感心するコハク。



「アホか感心してどうするんじゃ!芝生じゃ芝生!!!」

「え?綺麗に整えられてるじゃん。あのバカップルも上がる時に楽に登れるんじゃない?」

「はぁ、では〜その芝生を整え、湖の中にいる者が上がりやすいように誰が『配慮』したんじゃろなぁ? まるで普段から湖を使う者達のための、のようにな?」



その瞬間コハクはハッとする。


ここに来てまだ魔物の姿を見ていない理由について、明確な理由が。なぜ五層に入ったにも関わらず、魔物が見えないのかを。


拠点もある、環境も整っている。生活するにはバッチリの環境、なのにがいないなんてことはあり得ない。魔物が生息していないなんて考えられない。


オークは頭は悪いが知能がないというわけではない、生活できるほどには脳が発達している。住居を作り、獲物を狩り、一族を守る。



「ヤバいッ!」


コハクとアルマは大急ぎで湖のほうへと走っていく。もしかしたら……いや違う。確実な死の気配が彼女たちの足元に迫っていたからだ。


『肉体強化』で補強していたからか痛みはあるがかなり早い速度で岩場を駆け下りカップル達の元へと降り立つ。


「み……みんな!早くそこから離れて!!!」



俺は痛む体をなんとか堪え、腹の底からの大きな声で警告する。


はしゃいでいた若者達はふと騒ぐ青年の方を向き不思議そうな顔で見つめてくる。

きっと旅行や遊び気分でやってきたのだろう、自身に迫る『魔の手』には一切気付く素振りがない。


「え〜お兄さんなにビビってんの〜!」「大丈夫だぜ、ここら辺魔物いなかったし。ここはまだ浅瀬だから溺れる心配もない!ほんとイイトコ見つけちまったな!」


(違うッ!違うんだッ!!!そういうことを言っているわけじゃあない!)



チャプチャプと音を立てる水に足を入れ、水飛沫をあげながら迎えにいく。意地でも、なんとしてでもあの『浅瀬』から助けなくてはならない!!


カップル達はのほほんとしつつも向かってくる青年に手を振る。



「もう〜そんなに一緒に遊びたいんだったら先に言ってくださいよ〜」「まあせっかくだ、水遊びは多い方がいいし! なにで遊びますk…………」


そう言い水鉄砲をラッシュガードのポケットから取り出した男。それを合図と見たのか、迫り来る影。緑色のソイツはガバッと水の中から姿を現す。



「遊びじゃ無い!本気マジなんだァァァ!!!」

「あぇ?」



そう言い後ろを振り向いた男、そしてそのまま硬直する。


緑色の肌、聳え立つ巨体に下顎から生えた二本の牙が光る。鍛え上げられた肉体、湧き出してくる脅威的な魔力のオーラ。


そう、まごう事なき…………この層の



「グオオオオオオオオオオオオオォォォォォ!!!!!」


口を開けガクガクと震える男も、掠れ声で内に秘めたる恐怖を叫ぶ女も。

誰もヤツの威圧に抗えない。


構えていた拳は、コハクが差し出したアルマの腕よりも先に突き出される。

迷いなき拳、甘さを感じさせない力の象徴。『肉体』を使いこなし火花のように散る魔素が一瞬にして強者だと理解させる。



『ドッガアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』





その脅威オークは、巨大な水柱と共に宣戦布告するのであった!



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