第十九装 『筋肉少年《マッスル・ド・ボーイ》』


六日目。




あれからコハクとアルマはゴブリン、スライム、アルミラージを倒しては、吸収。倒しては捕食を繰り返し、力を付けて行った。


報酬もついに10万を超えだし、お金も良い調子で貯金できるようになってきた。

まずは親に30万……いや50万仕送りし恩を返すのだ。今まで世話……というかほとんど衣食住及び定期的な生存確認をしてくれたお返しだ。



皆も親に、恩返ししようね!



♢ ♢ ♢ ♢ ♢



「ってなわけで、いよいよ五階層だけど。覚悟はできたかアルマ?」

「当たり前じゃ!この層からいよいよあやつが出るんじゃ、ワシらが成長できる絶好の機会。これを逃す手があるか!?」



今回の目標は、豚頭オークの討伐。


身長は3m~4m、握力は60kgの巨漢の魔物。豚頭とあるがあくまで名称であって、ゴブリンを更に人型にしたような見た目だ。


奴は魔力を体内で循環させる技能が生まれつき身についているらしく、所謂『魔力強化』の名人なのだ。

第一次大魔大戦の時はその力を使って人間たちを格闘で圧倒、頭蓋を砕き手足を擂り潰し心臓をえぐり出したのだとか。



「ごくり…………」


コハクの額にきらりと汗が光る。冷や汗か、脂汗か。正体は不明だが……確実に言えるのは────



「緊張してるのか?」

「そ……そりゃそうだろ、相手は近接格闘のスペシャリストだぞ?並大抵の肉体じゃまだしも、俺自身も大分……」


そう言っていると、突然ガクッと膝から崩れ落ち地面に手を着くコハク。


一瞬の脱力、ビリリと奔る電流のような刺激、これはまさか…………



「毎日体を酷使してるからのォ、その反動じゃろ?筋肉痛ってやつかの。」

「筋肉痛って……全然痛くないんだけど?」

「当たり前じゃろ、お主が寝る前に毎回ワシがデトックスしてやってるんじゃ。ほれあれじゃ、次の日のトイレで全部お主のから出てk……」

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"ァ"ァ"ァ"ーーーーー!!!」



いらない事を言うようになったアルマの声をかき消しながら、カーっと赤くなりなるコハク。


が、日々陰ながら支えてくれているアルマに改めて感謝する。アルマのこの血流促進が無ければ三日目あたりで確実に肉体が悲鳴を上げていただろうから。



あらためて苦笑い、アルマの頭をなでる。

くすぐったそうに身を揺するが、その嬉しさは隠し通せていないようである。



「まあお主の身体に何かあっては困るしのぉ、今日は少し休憩してだな…………」

「いや、行こう。これぐらいの疲労で帰んのは中学生までだぜ?」

「いやいや、その顔で言われてものぉ…………ウンコでも気張ってるような顔じゃぞ?」


必死に脚のガクガクを抑えながら立ち上がるコハク、その様子は確実に焦りが見えていた。

実際五層では一か月に三人ぐらい死者が出るほどの難易度で、並大抵の能力を持った者では蹂躙されて滅多打ちにされるだけだ。


いくらアルマの力があっても、コハクの意志が弱まれば大なり小なり影響は受ける。リスクが大きすぎるのだ。



「いや、帰ろう。今日はゆっくり休んで、明日に備えて作戦でも練るんじゃ!」

「いいや、大丈夫ッ!お前どうせ飯と政治と哲学の話しかしねえし!やってることジジイだし!!!」

「黙れ小童ァ!」


アルマもカァーっと赤くなるが、今はその言葉を真に受けている場合ではない。しっかりと家に帰す責任が、アルマにはあるのだ。



穿を見せつけて脅そうとしたその時であった。




『ヒョイ』


「!??」



コハクは一瞬魔力を放出した後突如立ち上がると、何もなかったかのように伸びをして余裕気な顔を見せる。


「な?……言っただろぉ~?コハク様はこんなところでへばったりしなーいの!」


急に元の状態に戻ったコハク、膝も多少笑ってはいるが歩行に異常をきたすほどではない。ふくらはぎも太ももも、腰も背中も腕も。どこもやけにがっしりとした筋肉に覆われて…………



(『筋肉』じゃと?)


アルマは歩くコハクの前に出ると、ジーっと目を見つめる。



「お主まさか…………『肉体強化』を発動して筋肉を補強しているんじゃあるまいの?」

「…………ばれちゃった☆」

「バレちゃったじゃない!お主、いつの間に簡単発動できるように…………」

「そりゃゴブリンのツノとか光の粒子とか吸収しまくってたらさぁ、使い勝手が良くなってくじゃん?……だからこれはオマエのおかげ、フードファイト様様だね。」


確かにアルマはこの二日たくさんの魔物のアイテムを喰らい、その力を武装させてきた。多少は最適化され、スキルもうまく使いやすくなるだろう。



しかし、それはあくまで『使いやすく』なるだけの話。あれほどまでの肉体コントロールを成し遂げるほどの熟練度は、そう簡単には得られるものではない。


では一体…………



(こやつはいつも八時間から九時間、このダンジョンに潜り戦闘を続けている。帰った時には七時か八時、飯を喰らいワシと談笑し風呂に入ればもう十二時。あとは寝て八時間後にワシが起こし、ダンジョンに行くまで朝食とストレッチ。残る時間なんてほとんどないはずじゃのに…………)


そしてアルマは、予想外の一つの結論を導き出す。



「おぬしもしや……筋が良いのかもしれんのォ。」

「え、まじ?褒めても何も出ねえよ〜///」


コハクは恥ずかしそうに指同士でツンツンし合う。


予想したのは彼本来のセンス。

あのゴーレムのように肉体が崩壊しヒビが入っていない所を見るに、『器』としての耐久性が高いのか。はたまた内なる潜在能力がアルマが宿ったことにより覚醒し始めたのか。



「が、残念。お前の予想は半分しか当たってないね。」

「は……半分じゃと?」



コハクはバシッと決め顔でくるっと回り、びしっと決める。


「センスを磨いているのさァ!!!魔物との戦いで、俺は少しずつスキルの使い方を学んでいるのさ!!!」

「お……おう。そうかそうか、ならいいんじゃ……………………キモッ」

「今キモって言ったよな!キモってなんだよキモって!!!別にいいじゃねえかよ強くなってるんだからよォ!!!」


ビキビキと体に血管の筋が浮き出てくる。途端に呼吸が荒くなり苦しそうな顔で壁にもたれ掛かる。



「おい!急激な魔力操作じゃと、その体爆発するぞ?」

「はァ?……落ち着けェ……落ち着くんだ俺ェ…………相手はただの左腕、俺が上アイツが下。俺が上でアイツが下ァ…………」


必死に自分に出まかせを言い聞かせ心を静める、加減を間違え少しでもスキルの加減をミスれば確実に肉体が粗挽きミンチになってしまう。

自分の命を守るためにもコハクは今、心の平穏を保とうとしているのだ。



「お……おい、アイツ様子が変じゃね?」

「ああ、ずっと左手に話しかけてるし…………アイツの身体、すんげえ魔力が溢れてる。ざっとC級下位ぐらいか?」


岩壁の後ろからこっそりコハクを見守る探索者ネザランナー、彼らも五層に行こうとしていたのだが階段に向かう通路のど真ん中で一人漫談を繰り広げるコハクに恐怖を抱いていたのだ。


まるで腹話術のようにどこからか女の声が聞こえる。まさか一発芸の練習なんだろうか、そう思いなかなか言い出せないのだ。



「おうおうピキってるピキってる、無理せんでええんぞ?おぬしはすぐにキレる単細胞じゃからのぉ?おうちに帰って……い~っぱい甘えていいんでちゅからぇ~?」

「な……ぬぁんだとォ!!!……ってイダダダ!!!あ……足が痺れるゥ!!!」



そうしてコハクとアルマ、そのイチャイチャ模様をキョトンとした顔で観察していた男たち。

20分の奮闘の末、無事五層へと降りて行ったのであった────


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