第21話
エリー姉さんが実家から出てきて荒ぶり始めた後、実家からライアンさんも慌てて出てきた。
彼の手には、護身用に保管していた実家にある刃引きした両刃剣を持っている。
頼むよ、ライアンさん。エリー姉さんを止められるのは、もうあなただけだ! だけど、あの夜の二の舞だけはやめてください。お願いします。
「エリザベスさんの無双が始まってるわ!」
ディオネは外のエリー姉さんの無双劇に騒いでいる。
荒くれ者も、エリー姉さんに気付いたのか逃げるように散っていくが、執拗に追い掛け回している。
「逃げんなぁ!」と聞こえてくるエリー姉さんの声は、荒くれ者の悲鳴を上回っていて、三階にいる僕たちまで聞こえる。
窓を開けているせいで、上の階で見ている子どもたちの声も聞こえてくるが、とても楽しそうな歓声だ。
散っていく荒くれ者は、エリー姉さんに敵わないと考えたのか、職員の無力化から商会本部への突撃に切り替えて、僕らの方に走り出している。
最初に入ってきた時よりも、幾分少なくなった人数の荒くれ者に、まだ動ける商会の職員が対応している。
いつ作ったのか玄関口の即席の障害物もあって、建物の中に入ってくる荒くれ者はいない。
ただ、職員の数も少なくなっているから、徐々に障害物を破り始める荒くれ者の数は増えてくる。
「くそ女! そこで待ってろよ!」下に見える荒くれ者が、ディオネに向けて叫ぶ。
「帰れ! 帰れ!」
「やめろって! 怒らせたらどうするんだよ!」
ディオネの煽りは、僕の言葉でも止まらない。
下にいる荒くれ者も「すぐそこまでいってやるからなぁ!」と叫んでは「人売りに出してやるから! 待っとけ、くそ女!」と罵声も上がる。
というか、人売りは禁止されてるだろ。重犯罪じゃないか。
ディオネと荒くれ者の罵り合いは止まらないし、障害物に集まってくる荒くれ者も増えてくる。
覗くように下を見ていれば、背の高い見覚えのある男も障害物を破ろうと必死になっていた。
マックスだ。そこにいたのか、みんなして派手な服を着ているせいで分からなかったよ。
彼も、ディオネには気づいていたようだが、その顔は周りにいる荒くれ者よりも暗く、それに焦っているように見える。
何かから逃げ出したいのか、挙動不審に見渡しては障害物を破ろうと必死になっていた。
「逃げんなぁ!」と鮮明に聞こえるエリー姉さんの声に玄関に向かって飛んだ何か。
落ちた衝撃で砂煙が舞い上がってくる。飛ばした本人は、その結果に満足したのか砂煙の切れ間から見えるその顔は、口角を上げて目は見開いて砂煙が晴れているのを待っている。
舞い上がった砂煙が晴れてくれば、飛んできたものの正体も分かった。
ライアンさんが持ってたはずの両刃剣が突き刺さっていて、地面は放射状に、ひび割れている。
「やりすぎだって……もう、やばいって」
「何言ってるんですか!? とってもすごいことですよ?」
ディオネから返ってくる言葉には、この後のことなんて何も考えていないことがよく分かる。
商会の敷地で乱闘していることすら初めてのことだろうし、あまつさえ剣が刺さっているんだよ? ビクター兄さんが、このことを知れば卒倒するよ。
砂煙が晴れてからせき込んでいたり、逃げ出そうとしてエリー姉さんに止められている荒くれ者を見て、僕たちの危機的な状況よりも彼らに同情すらしている。
「エリザベスさぁーん! かっこいいでーす!」
おいやめろ! 僕らの場所をエリー姉さんにばらすな!
「ディオネちゃーん!」とエリー姉さんの声が聞こえた。嬉しそうにしているのが声で分かる。「ファビオいるぅー?」と続けてエリー姉さんが聞いてきた。
ディオネの服をつかんで「僕はいないって言えよ、頼むから」とディオネに言えば、彼女はこっちを見た。見てしまった。
「いるのね! ファビオ!」
エリー姉さんは、ディオネの表情と仕草で僕がいると判断したんだろう。昔から、変なところせっかちだし判断するのが早すぎる。それで大体当たっているから、たちが悪い。
「よくわかんないけどバレましたね」と何でもないように言うディオネに、エリー姉さんから後始末を押し付けられる気がして仕方がない。
少しすれば、僕のことなど知ったことかと、外の音は激しくなる。
「なんだよこいつ!」とか「お、おれるぅ!」とかもう色々と、普通に生きていれば聞くことがない音も聞こえてくる。
エリー姉さんの顔なんて、絶対に見返されるのも分かっているから、むやみに覗くことはしない。
だって、聞いているだけで十分伝わってくるから。
「エリー!」とライアンさんの声もするけど、なんで制御できないんだよ! あんたの婚約者だろ!?
「あの二人って仲いいんですね!」とディオネは僕に聞いているのかわからないけど、「良くても悪くてもどっちでもいいよ」と呟く。
やっぱり、独り言だったディオネは僕の言葉を聞いていないようで、上の階から聞こえる歓声と同じように、演劇でも見てるような声援をエリー姉さんに送っている。
やめなって、エリー姉さんって調子に乗りやすいんだから!
* * *
押し入ってきたギルドの荒くれ者と商会とエリー姉さんの乱闘は、エリー姉さんに気付いたのか逃げるように散っていく。
だが、エリー姉さんは逃げる荒くれ者を執拗に追い掛け回していた。
結局破られることのなかった障害物に安堵しつつも、三階から見下げれば、未だにとんでもない勢いでエリー姉さんが暴れていた。
本当に、ビクター兄さん大丈夫かな? というか、警邏隊を呼びに行ったカーラさんは何をしているの?
これもう終わるよ?
エリー姉さんは荒くれ者を次々と投げ飛ばしていく。細い腕で倍以上の体格のマックスを持ち上げ、細い足の蹴りで吹っ飛ばす。
十七歳の少女が、大の男たちを蹴散らしていく様は異様だ。
ディオネにも「なんでエリザベスさんって、あれほど力があるんですか?」と聞かれて「アースコット教授の講義ちゃんと受けてる?」と返しはしたけど。
「いいから聞かせてくださいよ! ね!」とディオネに催促されれば、「本にはしていい話ではないよ」とディオネに忠告しておく。
いまから話すことは、馬鹿にしていいことでも、不用意に本に書いて、不安を助長するようなことをしてはいけない。
彼女は僕に頷く。神妙な顔をしていることから、ちゃんと聞いて考えようとしているのがわかる。
エリー姉さんが抱える病気について話すことにした。
エリー姉さんは生まれつき、体からマナが溢れ出す病気だ。この国でも、滅多にかかることがないから、三人くらいしかいない珍しい病気。
この珍しい病気に、エリー姉さんは生まれてすぐにかかっている。
完治は出来ないけど、生涯とか死んでしまう病気でもないことが、唯一の救いだったとビクター兄さんに聞いた。
「へぇ、珍しいんですね」とディオネが僕の説明に返すが、よくわかっていないのか首をかしげている。
そんな彼女に説明を続けた。
歴史に名を残した魔術師も、この病気を完治させることは出来ないので、そもそも魔術師がいない、この国では無理な話だ。
魔術の展開能力に長けていれば、症状は緩和されるらしいが、あいにくエリー姉さんには魔術の才能は全くない。
まだ、僕の方があるくらいだと思う。今は知らないけど。
「私も魔術なんてからっきしダメですね、そもそもまず魔術の才能なんてある人も珍しいですけど」と僕の説明に茶々を入れてくる。
「それはそうだけどね」とディオネに同意するけど、もうちょっと静かに説明を聞いてほしいね。
あ、エリー姉さんの細い腕がマックスの胸を掴み上げて、彼の巨体が宙に舞った。落ちた時の地響きが三階まで伝わってくる。
「痛そう」と呟くディオネに説明を続ける。あと少しだから。
一般的な健康な人であれば、体から溢れるマナの量は少ない。それに、そのまま空気中のオドに解けてお終いだ。
だけど、この病気にかかったら、体から溢れるマナが僕たちよりも何倍も多くて、その人の魔術的な特性を何倍にも活性化させる。
そのせいで、感情の昂ぶりとか防衛本能で、エリー姉さんは自身の身体能力を何倍にも活性化させるているし、他の人は火の玉とか地面から壁を作るとかするらしい。
すぐに、マナ切れを起こすこともなくて呼吸で吸収する効率も僕たちより大きいから、マナ切れで気絶する事もない。
だけど、この病気を知らない人が、病気にかかっている人を見れば気味悪いだろうし、歴史上でもそういった差別があったのはアースコット教授の講義で習った。
「習いましたっけ?」とディオネは僕に聞いている。
「習ったでしょ。普段は問題ないんだけど……こんな時は別だね」
一番は、心を穏やかに暮らすことと、忍耐強く些細な事で苛つかない清らかさが必要らしい。
エリー姉さんに限っては、一生無理な話だな。
ディオネが僕の説明から、逃げるようにエリー姉さんを見る。
僕の言ってたこと聞いてたかな? エリー姉さんは病気だから、あれほどの身体能力を発揮しているんだよ? なんで目を輝かせてるの?
僕も外の惨状を見てみるが、ざっと二十人くらいを相手に大立ち回りだ。
砂煙が舞う切れ間で見える彼女の顔は、怖いくらい生き生きしていた。
彼女を止めているライアンさんは、必死な顔で相手しているのに。どれだけ楽しんでんだよ。
「いやぁ、閃きが止まりませんなー」
「えっなに? まさか、このこと書くの?」
「あったりまえじゃん! 病気は変えますけどね!」
うるさいディオネに「こんなこと書くようなものでもないよ?」と返せば、「えぇ!? これ書かなかったら何書くんですか? 逆に!」とありえないような顔をしてくる。
こんなことを、また本にされるとは。病気の話以外なら面白そうだし、まぁ良いか。
それに、これはチャンスだ。ディオネの才能は僕も知っているし、しかも今、彼女は安全な創作環境が必要だ。
アースコット教授に先にしてやられたけど、僕の計画の一歩目――専属作家の獲得――がついに叶うかもしれない。
ディオネは持ってきた紙に、なにか下書きをしている。
僕は興奮している彼女に提案してみた。
「僕の書店で出版することが条件でもいいかい?」
ゼクラット書店なら、違法なことも先に潰せる。
出版部数もディオネが刷る部数より、何倍も多くできる。専属作家なら重版さえすれば、売り上げなんて気にならないくらいに儲けも出るし。
「当たり前ですよ、もうこんな事は私もこりごりですし」とディオネは顔を上げた。
「これからも書店の画材や機材を使わせてもらいますね!」
彼女が右手を差し出す。
握手か。
昔の約束事は、右手の握手で契約していたらしい。ライフアリー商会の家紋は、右手の握手をモチーフにしているし。
粋な事だと感じる。僕が狙ってしていたことも成功したわけだ。
僕も右手を出して、彼女と握手をした。
「でも、契約書はちゃんと作るからね」
「えぇー、めんどくさいんですけど。そんなの私たちにはいらないですよね」
「いるんだよ」と返して、右手に軽く力を入れれば、ディオネは大きく演技をして手を離した。
僕と彼女に友情が、できているわけないだろ。勘違いするなよ。
握った彼女の手にペンだこができていたのが、握っただけで分かった。
いくら書けば、あれほど立派なたこができるのかわからないけど、ディオネは気にするそぶりもない。
「もうそろそろ終わりそうですよねー」
ディオネの声に僕も外を見てみれば、確かに二十人に大立回りしていた時より人の数は、半分以下になっている。
「もうちょっと見たかったなぁ」と続けて「魔術とかも見れたらよかったのにぃ」とディオネが呟くが、こんなところで魔術なんて打ってみろ。商会なくなるじゃん。
でも、エリー姉さんだったら魔術に飛び込んで、平気に殴りかかりそうだけど。
「僕もそろそろ帰るよ、いまから小さいほうの門から出れそうだしね」とディオネに立ち上がって言えば、「また明日ですね」と返すディオネ。
彼女の、そのいつも通りさに笑って、「そうだね、じゃあ明日」と部屋を出た。
「逃げた!」
ディオネの声が聞こえた。ついにギルドの荒くれ者は引いていくのだろう。
階段を駆けて下りている途中で見える外は、逃げる荒くれ者やマックスを追うエリー姉さん。
思ったよりも早く片付きそうな状況に、いち早く逃げるため、階段を何段も飛ばして下りる速度を上げる。
一階に着けば、障害物は取り払われて、職員の何人かが休んでいる。彼らに挨拶をすれば、軽く手を上げて答えてくれた。
玄関から外に出れば、砂煙が僕の目を襲ってかすむ。遠くの大きな鉄門では、エリー姉さんがライアンさんに止められていた。
よく見れば、カーラさんもその場にいる。
本当に終わった頃に、警邏隊が来たんだ。おっそいよ本当。
他にも、怪我をしている人の手当に動く職員もいて、まさしくこの乱闘というか無双劇は、いま終わったのだ。
この場から逃げるために、カーラさんに詰められている彼女を横目に確認しながら、僕がいつも使う小さい方の鉄門を通って敷地から出る。
よし、あとは書店に帰るだけだ。
『ファビオー! 下りてきなさーい!』
小さな鉄扉越しにエリー姉さんの声が響く。その声に肩がびくりと震えたが、彼女は商会の建物に向かって声を出しているのか。ギリギリ間に合った。
あとは、ディオネが僕のことを言わないか次第だな。
大きな鉄扉の外では、荒くれ者が警邏隊に捕まっている様子も見える。野次馬に囲まれて、おとなしくしているマックスたちを少し不憫に思うが、因果応報だろう。
素知らぬ顔で書店まで歩き出す。まさかエリー姉さんが追って来るんじゃないかと身構えていたけど、鉄扉が開く様子はない。
それでもと思って、結局走って書店に帰る事にした。
とんでもない一日だったけど、ディオネとした握手もちゃんと契約書にしないといけないし。
これから、忙しくなりそうだ。
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