第20話
僕とカーラさんが四階に上がった時、子どもたちの部屋から歓声のような楽しそうな声が聞こえてきた。
「大丈夫かな?」と僕に聞いてくるカーラさんだけど、僕もそんな事なんて分からない。急いで、レイラちゃんたちのいる部屋に入れば、外を見ている子どもたちは声を上げて楽しんでいる。
「がんばれぇ!」
「痛そうぉ!」
「私もやりたーい!」
思い思いに楽しむ子どもたちの声に、不思議と笑ってしまう。避難してきた時も感じたけど、図太い性格をしている。
子供たちの中に紛れて、レイラちゃんも一緒に声を上げている。セイラちゃんは小さな子どもと、体当たりごっこをしていた。
「レイラちゃん? 今いい?」と声を掛けても、レイラちゃんは外に夢中で届かない。肩を叩いてもう一度、声を掛ければ「ん? あ! おにいさん! 外すごいね!」と僕に気づいて、外を指差しながら笑う。
なんか、思っていたより大丈夫だな。
レイラちゃんや子どもたちを見て思うが、扉のすぐ横に立っているカーラさんは頭を抱えている。
「大丈夫そうでよかったけど、皆でダルダラさんのところに行こっか」
僕の言葉に首をかしげて、レイラちゃんは「お母さんはここにいろって、うるさいからって言われたよ?」と答えてくれる。
カーラさんの方を向けば、彼女もレイラちゃんの話が聞こえたようで、ダルダラさんのいる部屋に向かってこの部屋を出て行く。
「そっか、じゃあさ、あんまり外見過ぎて窓の外に乗り出したらダメだからね、子どもたちをちゃんと見ててね」とレイラちゃんに言えば「はい! おねえさんですから!」と胸を張って言う彼女にどこか不安がよぎる。
扉を開けて部屋を出る前に、レイラちゃんに「あんまり、騒がないようにね」と念を押して言うが、既に外に夢中の彼女には届かない。
今日はよく無視されるなぁ、子どもと僕の相性よくないのかなぁ。
悶々とする胸の奥を一旦置いておく。とりあえずダルダラさんのいる部屋に入れば、昼休憩前と同じ光景があった。
ただディオネだけは、自分が狙われているはずなのに、しっかり顔を出して外を見ていた。
「ディオネ! 隠れなよ!」
僕の言葉は、彼女には届いていない。ただ、寝ていた何人かの赤ん坊には聞こえたようで、僕のせいか泣いてしまった。
ダルダラさんは泣いた赤ん坊をあやして、人差し指を立てて僕に「シー」と口にする。
「静かにしなさいよ」とダルダラさんと話していたカーラさんが、僕に詰め寄る。
「すみません、でも――」
「でも何もないでしょ、本当にしっかりしてよ」
一番しっかりしないといけないのは、ディオネの方だと思うけど、カーラさんの剣幕に諦める。
「すみませんでした、小声で話します」と二人に謝れば、ダルダラさんは赤ん坊の世話を続けた。
「まぁ、ファビオ君の言いたいことは分かるけどね、場所を考えないと――」と何故かこんな時に始まるカーラさんの説教を「後でいくらでも聞きますから、それでどうするんですか?」とダルダラさんと話していたカーラさんに聞く。
カーラさんはディオネを見ながら「どうするって、ダルダラさんはこのまま時間が経つのを待つらしいけど――」
『いたぞぉ! 四階に――』
僕らのところまで響く男の声が、外から聞こえた。
「……どうします? ディオネのこと見られたようですけど」と僕がカーラさんに聞けば「……どうしよっか」と僕に返す。
いやいや、僕もこんなこと初めてなのにどうしたらいいか分からないんだけど。
頬が引き攣り、背中を冷や汗が流れ落ちるのを感じる。
冷や汗をかくなんて、ビクター兄さんにゼクラット書店の経営を取り上げられた時以来か。
「ディオネ! 外見ない!」
泣いている赤ん坊を抱いてあやしていたダルダラさんが、大きな声を出してディオネを叱った。
その声にディオネは、その言葉にすぐさま振り返って「……面白いから仕方ないじゃん」とその場から離れる。
「カーラさんと、えぇっと――」と僕の方に向いて、首をかしげているダルダラさんに「ファビオです」と口にすれば「あぁ! ファビオ君ね!」と返された。
さっきまでここにいたのに名前覚えてくれてないんだ。なんで?
「とりあえず、ディオネだけ違う階に行かせてよ、この子がこの階にいれば他の子も危ないしね」
ダルダラさんが僕たちに向けて話してくる言葉に、カーラさんと頷いた。
「嫌だよ! ここで良いじゃん! 私が囮みたいになって――」
「あんたが原因なんだから、あんたが自分の後始末しな!」
ダルダラさんが声を張り上げてディオネに言い返す。
その声に言い返せなかったディオネは口をパクパクさせて、最後は観念したように「……わかった」と呟く。その顔は嫌そうで、嫌そうに眉間にシワを寄せ、口を尖らせて、いかにも拗ねている様子だった。
「台とか持っていって良い?」とディオネがダルダラさんに聞いていたが、「二人に聞きな!」と僕たちを指差してくる。
「良いですよ、とりあえず三階に下りましょう。そこでも外は見えますから」
カーラさんの声に、いち早く反応して魔道具の台を持って僕に「私、ペン持っていかないとなので、この台運んでもらってもいいですか?」と僕の返答を待たずに渡してくる。
こいつ、三階に下りても書くつもりなのか?
「じゃあ、行きましょう」とディオネは、そそくさと準備をして、ペンやほかの画材を両手いっぱいに持って僕たちに言った。
カーラさんも苦笑いで「行きましょうか」と返すが、ディオネは外の喧騒が、何が原因で起こっているのか分かっていないの?
一目散に階段まで歩いて行くディオネを、僕たちは早足でついていく。
「置いていきますよ!」と逸っているディオネを見て、「本当に大丈夫ですかね? 僕、不安なんですけど」とカーラさんに呟けば「私は最初からよ」と返される。
廊下には、僕たちの足音と横の部屋から聞こえる子どもたちの歓声が響くだけだった。
階段を下りて三階についたディオネが、「どこにいたらいいですか!」と聞いてくる。
「前にビクターさんと話し合った部屋覚えてる?」とカーラさんが返せば、「あの部屋ですね!」と覚えていたようでその部屋に歩いていく。
僕とカーラさんは階段を下りている途中だというのに、扉が開いた音がした。
「どうせ窓から見るから移動したことなんて分かるわね」と苦笑いを浮かべたまま階段を下りていくカーラさんに、「もう外見てるんじゃないですか?」と返せば「それもそっか」とカーラさんは口にして、最後の段を下りる。
持っている台が邪魔をして下りにくかったところだったけど、カーラさんに最後の段だと教えてもらって、僕らは順調に静かな三階に着いた。
静かだけど、開いている部屋から外の声が聞こえていた。やっぱりあいつ、窓開けてるな?
『三階に下りてやがるぞぉ!』
早速移動したことがバレたようで、部屋に入ってひとまず台を部屋にある机に置く。
「ここまで来てみろ!」と喧嘩を売っているディオネを窓から離す。
「すぐバレてるじゃないか、勘弁してくれよ」とディオネに言っても「一回言ってみたかったんです」と言い切ってすっきりした顔をしている。
「それに、囮ですよね? 私」と続けて言うディオネは「じゃあ、私が三階にいることが分かれば、上の階にいるダルダラとかセイラたちはひとまず安全かなって?」
「なんで僕に聞くんだよ。けどまあ、一理はあるか」
ディオネの言った内容に納得してしまった、同じく納得しちゃったカーラさんに「ここで待機でいいですか?」と聞けば、少し考えて「……そうなるね」と答えてくれた。
「……けど、警邏隊遅いわね、仕方ないから私行ってくるね。二人とも待っててね」とカーラさんは僕たちに言って、一人部屋を出ていく。返す言葉を声に出す時間もなく、カーラさんが出て行った扉が閉まるところを見る。
ディオネは横で「警邏隊か……」とか意味深なこと言って、外の喧騒を見続けていた。
警邏隊が来て、嫌なことでもある? こんな騒ぎなんて、早く終わらせてほしいんだけど。
外の喧騒は、時間が経つごとにより一層、苛烈になっていた。 僕もディオネが堂々と見下げている横に座って、少し顔を出して覗いている。
最初のうちは、商会本部に突撃しようとしていた商会ギルドの荒くれ者も、突撃を遮る職員からまずは無力化しようと、すでに乱闘に変わっている。
怒号も飛び出している外では、倒れている人も少なくない。三階の待機している部屋にまで聞こえる外の声が、気になって仕方がなかったのだ。
「なるほどなぁ、乱闘のいい参考資料だね!」と気持ちが昂って、独り言をしているディオネに「警邏隊が来るまでの辛抱だから、窓から離れなよ」とディオネを窓際から離せないか言ってみるが「ダメですよ! こういうのは決着しないと意味ないんです!」と訳の分からないことを口走る。
本当に勘弁してほしい。ただでさえ、狙われているディオネに付き添っているけど、僕もカーラさんと同じように理由をつけてここから出た方がよかった。
「警邏隊って言葉に反応したのって……。乱闘の決着を見たいから?」
「そうですよ」
当たり前じゃん。と言いたげな顔をして、僕に答えるディオネ。
そんな顔を見て怒りが込み上げてくるが、外ではディオネのためというか、多分商会にカチコミされたから応戦している職員の勇姿を見届けることにする。
警邏隊が来るまでだけど。
時間が経っても収まらない乱闘は、商会本部の前だけだった頃からその範囲は広がって、実家の方まで荒くれ者が騒いでいた。
正直、嫌な予感が胸の奥でくすぶり続けている。悪寒のような震えが、さっきから僕の体を包んでいた。
実家に今誰がいるかなんてわからないが、もし、もしも、エリー姉さんが居たら――。
「うるせぇんだよ! ぶん殴ってやる!」
そうそう、エリー姉さんならこんな風に——って、やっぱり!
「え? エリザベスさんじゃん!」
「……最悪だぁ」
嬉しそうにエリー姉さんを見るディオネの横で、頭を抱えた。
これでは警邏隊が来るまでに終わるだろうけど、外での乱闘があくまで喧嘩だったものから闘争に変わったのだ。
もう、誰が死んでもおかしくない。
三階から見下げたエリー姉さんの手は素手だけど、その拳の一撃で僕を重傷にするのだ。
「うわぁ、人って投げ飛ばせるんだぁ」と横で感動すらしていそうな顔で見ているディオネのことは、もうどうでもいい。
誰でもいいから、僕の代わりに魔獣の制御をお願いします。
絶対に人を殺してしまいます。どうか、本当に、お願い。
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