犬になりたい

赤虎

犬になりたい



「はい、次の方どうぞ。」


そう呼ばれて透明な扉をあけたのは、なんの特徴もなく、冴えないとしか表現出来ないような男だった。


青白い顔をし、40代くらいに見える。


「失礼します……」


覇気のない様子は貴子をイライラさせる。


「現在のお名前は?」


「佐久間幸人です」



こちらと目を合わせようともせず、死んだ目で貴子が肘を置くテーブルを見ている。


「……さっそくですが、次の人生のご希望は?」


「……犬です……」


ようやく眼にほのかな光が入る。



「犬……ですね、理由をお伺いしても?」


「理由……ですか?」


よくやく目も合った。



「はい、例えば犬になって女の子を舐めたいというよな不届きな者もいましてね」


「……それは良くないですね」


「なんで採用したんだと、私が上司に怒られますから、聞いておきたいんです」



 貴子は、先日もカラスに採用した男が、前世で好きだった女の子のゴミ袋を漁っていたと、怒られたばっかりだった。



今回もそうなってはいけないと、鋭い目線で見定める。


 佐久間はまた俯くと小さな声で返した。



「理由は人間が向いていないからです……」


「はぁ……犬は向いてると?」


「犬ならできそうでかなって」



力なく笑う様子は、何かに絶望しきった後のように見える。



 手元の資料を見ると死因は「自殺」とあった。



「次の人生で犬だった場合、自殺は難しくなりますが大丈夫でしょうか?」



「はい?」



「最近は野良で産まれる犬も少なくなってきていまして、大体がブリーダーの元で産まれます。ですから……」


「いや、そうじゃなくて!」


佐久間は初めて聞こえやすい大きさの声をだした。


「自殺しないような人生を送るために犬に産まれ変わりたいんです!」


「幸せになりたいと?」


「はい……皆そうじゃないんですか?」


「大半が……ですね、そうでない方もいるかと」



佐久間は納得がいないと言う表情でこちらを見たり横を見たりしている。



 こういうタイプの人間は一定数いる。


貴子は天国にある輪廻転生時の手続きにおける種別選択のポジションで受付と試験官を兼任していた。


勤続120年にもなるので様々な人間を見ているが、前回の人生に満足もいっていないのに、次の人生で満足できるという自信を持った人間はまぁまぁの確率でいる。


 自殺で終わった人生も、天国に来て「あれでよかった」と思えれば100点なのだ。


残された家族は悲しいのかも知れないが、それも人生の一部分、楽しめるか楽しめないか、もしくは天国に来てから楽しめたと思えるかは本人次第である。


 この男の場合、どんな動物になろうが満足できるかは怪しいなと思っていた時に男が口を開いた。



「……僕は、幸せになりたいです」



次こそはというように、膝の上で強く拳を握る様を見てため息がでた。



「……分かりました、では犬になるための試験を行います」



 貴子は、そういうとリモコンを取り出し、自分の左側に向け操作しだした。

空中に浮いた大きな画面に向かいカタカタと入力をすると、佐久間の前に中年の男性が現れた。



白髪混じりの短髪で大きな丸い鼻から鼻毛がでている。

ついでに腹も出ていて、ふーふーしんどそうに汗を拭いていた。



 佐久間はどうすれば良いのかという表情でその男性と貴子を交互に見た。



貴子はたんたんと説明をする。


「こちらは、中尾徹さんです。これは立体映像ですが、現実に存在する男性で犬を飼おうとペットショップ巡りをしています……つまり貴方の飼い主になる可能性もある方という事です」



佐久間は動揺を隠せない。



あれだけ表情に乏しかった人間が、こちらに筒抜けなほど焦っていた。



「今から佐久間さんには、この方に甘えていただきます」


そういうと貴子は再度リモコンのボタンを押した。


立体映像の中尾徹は中腰になると両手を広げて「おいで!」と呼びかけてくる。



「えっ……」



 佐久間は帰りたそうに、先程来たドアの方を見た。

しかしドアは既になく、試験を受ける他に選択肢はない。



「どうぞ?」


と貴子が促すと、ようやく膝をつき犬のように四つん這いになった。汗をどっとかいている。



そして中尾徹の方へ這って行き立体映像の手のひらに自分の手を重ねた。



「わ……わん」



顔を真っ赤にして小さく吠えると、四つん這いに戻り下を見つめている。


「佐久間さん。中尾さんは婚活を諦め犬を飼う事で寂しさを埋めようとされています、もっと寄り添い顔を舐めたりとコミュニケーションをとってあげて下さい」


 貴子がそう言うと、佐久間は立体映像である中尾の顔を見た。


中尾は「おいでー」とまた呼びかけてくる。



四つん這いから中腰に体勢を変え舌を出して中尾に近いていく佐久間……という絵面は、おっさんとおっさんが戯れているようにしか見えず何とも耐えがたいものがあった。


中尾の汗まみれの顔面にかなり近づいた時。



「おえっ!!」



佐久間がえづき尻もちをついてしまった。



「大丈夫ですか?」


天国で体調が悪くなる人はいないが、貴子は一応心配をする。



「も、も、もういいです!犬むいてないです!」



佐久間は手を激しく振り尻もちをついたまま喚いた。


「宜しいんですか?では何にされますか?」


「鳩!鳩にします!!」


「......鳩…………ですか…………?大丈夫でしょうか?」


「じゃ、じゃあ蚊!蚊にします!」


「かしこまりました。蚊は試験はございませんのでこのままお手続きしますね」



 貴子は微笑むと画面に向かい入力を進める。


今日も1人不幸になる人とその家族を救ったのだ。

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犬になりたい 赤虎 @akatora_ou

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