第44話:氏真の覚悟、マッスル文化人の成長
今川軍の総大将に任命された今川氏真は、奥羽への進軍を続ける中、改めて父・義元の言葉の重みを噛み締めていた。この戦は、単なる領地争いではない。父が築いた「筋肉泰平の世」という理念を、自らが守り抜くための最後の試練だった。氏真の胸には、もはや臆病な貴公子の面影はなかった。日々の過酷な鍛錬と、父の壮大な理想が、彼を「マッスル文化人」として、揺るぎない覚悟を持った総大将へと成長させていた。
凍てつく奥羽の雪原。氏真は、馬上で愛用の蹴鞠を片手に、遠く最上領を見据えていた。その視線の先には、最上義光が守ろうとする旧時代の象徴、山形城が雪煙の向こうに霞んで見える。凍てつく風が顔を叩き、吐く息が白く染まる。肌を刺すような寒さの中、氏真は、武芸よりも蹴鞠や和歌を愛した、かつての自分を静かに思い返していた。
(父上……あなたの筋肉は、私の魂にまで届いておりまする)。
父との別れの夜に交わした言葉が、氏真の脳裏にこだまする。かつての自分であれば、この重圧に耐えられず、逃げ出していただろう。しかし、今は違う。父の教えを受けたこの肉体が、氏真の精神を支え、揺るぎない自信を与えていた。父の筋肉は、氏真の肉体だけでなく、その内なる精神性までをも変革させていたのだ。
「半兵衛、官兵衛。最上兵の動向は?」
氏真の問いに、半兵衛と官兵衛が馬を並べて答える。彼らもまた、雪中行軍の困難をものともしない、引き締まった肉体を誇っていた。
「ははっ。最上兵は、この雪に慣れており、地の利を活かした奇襲を仕掛けてくる可能性がございます。しかし、殿の教えの通り、我らは雪上で最も効率的に動ける肉体を身につけておりまする」。
氏真は、半兵衛の言葉に頷いた。彼の脳裏には、父・義元から教えられた「近代知識」と「筋肉理論」が、鮮明に蘇る。雪上での行軍は、通常であれば兵の体力を著しく消耗させる。だが、氏真が率いる鞠武衆は、父直伝の「スクワット」や「体幹トレーニング」で鍛え上げられていた。彼らの筋肉は、雪に足を取られることなく、雪上を滑るような異常な機動力を生み出していた。
「父上が仰せられた通り、この肉体と知恵があれば、いかなる困難も乗り越えられる。我らの筋肉は、父上が築いた平和を守るための力なのだ」。
氏真は、そう呟くと、懐から一冊の和歌集を取り出した。それは、幼い頃から愛読してきたものだった。しかし、今、氏真が詠む和歌は、かつての優雅な恋歌ではない。雪原の美しさと、そこに散るであろう命への鎮魂歌。そして、平和な世への強い願いを込めた、力強い歌だった。
氏真は、和歌集を懐にしまうと、愛用の蹴鞠を高く雪空へと蹴り上げた。その蹴鞠は、美しい弧を描き、雪原へと落ちていく。それは、氏真が、文化を愛する心と、武士としての誇りを、この戦場で融合させたことを象徴するかのようだった。
氏真の胸には、「父上の理想を、この手で完成させる」という、熱い使命感が満ちていた。それは、単なる戦ではない。義元が築き上げた「筋肉泰平の世」を、氏真が自らの手で守り抜くための、最後の戦だった。
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