第45話:鞠武衆、雪原を駆ける
雪深い奥羽の地。最上義光は、今川軍の進軍を、重厚な山形城から見据えていた。鉛色の空から降りしきる雪が、彼の視界を遮り、冷たい冷気が肌を刺す。遠くの山々からは、吹き荒れる吹雪の音が、まるでこの世の終わりを告げるかのように響き渡っている。彼は、自らの武士の矜持を賭け、この雪原を戦場と定めた。この地でならば、今川の近代装備も、その奇妙な「筋肉の力」も、通用しないはずだと信じていた。
しかし、義光の予測は、完全に裏切られることになる。
今川軍の前線に現れたのは、総大将・今川氏真が率いる、奇妙な部隊だった。彼らは、軽装の鎧を身につけ、その引き締まった肉体は、雪の中でも全く疲労の色を見せない。彼らの動きは、まるで雪上を滑るかのように、異常な機動力を生み出していた。彼らの足元からは、雪が砕ける音が響き、冷気で軋む関節の音すら聞こえてくる。しかし、彼らの顔には、冷気で凍りつく血の匂いではなく、熱気と、燃え盛る闘志が満ちていた。
「な、なんだ、あの動きは……!?」
最上軍の兵士たちが、その異様な光景に目を見開く。彼らが目の当たりにしたのは、義元直伝の「スクワット」と「体幹トレーニング」で鍛え上げられた、『鞠武衆』の姿だった。彼らの筋肉は、雪に足を取られることなく、雪上を滑るような、異常な機動力を生み出していた。
「鞠武衆! 我らは文武の象徴! 進め、鞠武衆!」
氏真の咆哮が、雪原に響き渡る。氏真は、愛用の蹴鞠を高く雪空へと蹴り上げると、その蹴鞠が地面に着地する前に、槍を片手に敵陣へと突っ込んでいった。その動きは、まるで舞のように美しく、しかし力強く、そして速かった。
「父上直伝のスクワットが今、戦場で火を吹くッ!」
氏真の叫びと共に、鞠武衆は、筋肉の壁となって敵陣を突き破っていく。彼らの異常な機動力と突破力に、最上軍の前線は瞬く間に崩壊していく。
その最中、一人の若武者が、義光の側近として知られた少年兵・宗清が、雪中で転倒した。鞠武衆の突撃に巻き込まれ、彼は体ごと空中に舞い上がり、槍に貫かれて雪に沈んだ。彼が握っていたのは、義光から直々に与えられた家紋入りの旗。義光はそれを見て、膝が崩れ落ちるのを止められなかった。
「違う……これは戦ではない……時代が、我らを殺しに来たのだ……」。
義光は、その光景に絶望の淵へと突き落とされる。彼の問いに、氏真は、雪煙を蹴散らし、槍を振るいながら答えた。「筋肉は、決して裏切りません! そして、この筋肉が、父上が築いた平和を守るための力なのです!」
氏真の言葉は、義光の胸に、武士としての矜持と、新たな時代の到来という矛盾した感情を、激しくぶつけ合わせた。義光は、自らの武士としての常識が、目の前の「筋肉の暴力」によって、音を立てて崩壊していくのを感じていた。
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