第38話:真田昌幸、筋肉外交に驚愕す

 上杉謙信を「筋肉と義」で屈服させた今川義元は、東国平定の仕上げとして、信濃の真田家を今川幕府に組み込むことを計画した。真田昌幸は、謀略の才に長け、その知略で武田、上杉、徳川といった大国を翻弄してきた、まさに戦国の曲者だった。


 清洲城の評定の間。義元は、家臣たちを集め、堂々と腕組みをしていた。その圧倒的な存在感に、家臣たちは皆、息を呑む。部屋には、日の光が差し込み、磨き上げられた畳の香りが微かに漂っている。しかし、義元の肉体から放たれる熱気と、張り詰めた空気のせいで、家臣たちの額には、早くも汗が滲み始めていた。


「半兵衛、官兵衛。真田昌幸という男、いかがなものか?」


 義元の問いに、半兵衛が冷静に答えた。「ははっ。昌幸は、知略に長け、築城術にも卓越した才を持つ。しかし、その才ゆえか、時に主君を蔑ろにする嫌いがございます」。


「フッ……才が燻っておるか。それはもったいない」。


 義元は、そう言い放つと、席を立ち、ゆっくりと評定の間を歩き始めた。その足音は、床板に重く響く。家臣たちの視線が、義元の動きを追う。彼らの脳裏には、「才ある者は、その才に見合った場所で輝くべきだ。そして、その輝きは、筋肉によってさらに強固になる」という信念が熱く膨らんでいた。


「よって、これより、真田昌幸を今川に招く。貴様ら、信濃へ赴き、昌幸を説得して参れ。その際、我らの『筋肉士官学校』を案内し、今川の『筋肉の力』を存分に見せつけるのだ!」


 義元の言葉に、半兵衛と官兵衛は顔を見合わせた。彼らの胸には、「またもや、殿の奇策か」という戸惑いが浮かぶ。彼らは、義元の「筋肉理論」が、いかにして真田昌幸という謀略の天才に通用するのかを測りかねていた。


 数日後。真田昌幸は、今川の使者として訪れた半兵衛と官兵衛を、上田城で出迎えた。城下には、秋風が吹き、微かに土の匂いがする。昌幸は、二人の天才軍師が、今川義元の配下に入ったという噂に、強い違和感を抱いていた。そして、二人の引き締まった肉体と、時折見せる奇妙な鍛錬の動きに、さらに困惑を深めていた。


「さて、本日は今川義元公からの使者として、参った次第でございます」


 半兵衛が、恭しく頭を下げた。昌幸は、二人の言葉に耳を傾けながらも、内心では、義元という男が、いかにして彼らを屈服させたのか、その「理屈」を知りたいと強く思っていた。


 半兵衛と官兵衛は、義元の命の通り、昌幸を今川の『筋肉士官学校』へと案内した。そこで昌幸が目にしたのは、若き武将たちが泥まみれになりながら、異様な鍛錬に励む光景だった。彼らの肉体は、まるで鋼のように引き締まり、その瞳には、未来への確信が宿っている。彼らが発する力強い掛け声と、泥が跳ねる音、そして汗の匂いが、昌幸の五感を刺激する。


「な、なんだ、これは……!?」


 昌幸は、その異常な光景に、強い違和感と、得体の知れない恐怖を抱いた。彼の「知略」という価値観が、目の前の「理不尽なまでの筋肉の力」によって、根底から揺さぶられる感覚だ。彼の胸では、「今川の強さは、噂の筋肉なのか?」という「困惑」と「この力を使えば、真田家は安泰かもしれない」という「期待」が激しくぶつかり合っていた。


 やがて、昌幸は、深く、深く息を吐き出すと、ゆっくりと、しかし確実に半兵衛と官兵衛の前でひざまずいた。


「……お見事。お供いたしまする、義元公!」


 昌幸の口から出たその言葉は、謀略の天才が、武力でも知略でもなく、「筋肉」という異形の理屈に屈服した瞬間を告げていた。戦国の曲者、真田昌幸が、今、「筋肉覇王」今川義元の前に、その頭を垂れたのだ。

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