第34話:商業の拡大、筋肉が動かす富

 鉱山の開発によって、今川幕府の財政が潤い始めた義元は、次に日本の物流という「血流」を改善するため、全国に新たな街道を整備することに着手した。それは、人や物の移動を活発にし、日本全体を一つの強靭な「筋肉」として機能させるための、重要な一手だった。


 清洲城の評定の間。日の光が差し込む畳の上で、義元は、道普請奉行の源兵衛を前に、大きな地図を広げていた。その地図には、日本の主要な街道が赤く記されている。義元は、自らの隆起した大胸筋を誇示するように、堂々と腕組みをしていた。その圧倒的な存在感に、源兵衛は息を呑む。


「源兵衛よ。これより、全国に新たな街道を整備する。特に、京から東海道、そして奥羽へと続く大動脈を、これまでにない幅と強度を持つものとするのだ」


 義元の言葉に、源兵衛は驚きを隠せない。「殿! その規模は、国が傾くほどの莫大な費用と人足を要しまする!」


 源兵衛の言葉は、他の家臣たちの納得できない沈黙を代弁していた。彼らの脳裏には、義元の「筋肉理論」が、まさか街道普請にまで及ぶのかという、強い違和感が膨らんでいた。


「愚か者め。貴様らは知らぬのか。街道は国の血管だ! その血流が滞れば、国は病む! そして、その血管を繋ぐのが、この筋肉だ!」


 義元はそう言い放つと、席を立ち、ゆっくりと源兵衛の前に歩み寄った。その足音は、評定の間に重く響く。義元は、源兵衛の震える肩に手を置いた。源兵衛は、義元の手が触れた部分から、岩のような筋肉の「圧」が伝わってくるのを感じ、思わず息を詰めた。それは、もはや単なる物理的な力ではない。義元の持つ、未来を見据える者の、揺るぎない確信が放つ、精神的な圧力でもあった。


「よって、街道の建設に携わる者、全員に『特別な鍛錬』を課す! 毎日、岩を抱えての膝落とし運動を百度! 泥濘を駆け上がる坂道ダッシュを十本! これを怠る者は、この俺が直々に肉体指導してやる!」


 もはや街道普請とは名ばかりの筋肉地獄に、源兵衛の顔から血の気が引いた。だが、桶狭間で見た「筋肉の奇跡」が、源兵衛の脳裏に焼き付いている。義元の言葉には、抗いがたい「説得力」があった。彼の胸では、「困惑」と「殿の言う通りにすれば、本当に街道が完成するかもしれない」という「期待」が激しくぶつかり合っていた。


「は……ははっ! 御意にございまする! この源兵衛、身命を賭して、街道の整備を推進いたしまする!」


 源兵衛は、決意を固めた顔で答えた。


 その日から、日本各地で、奇妙な光景が日常となった。農民も足軽も、みな半裸で汗を流し、岩を抱えての膝落とし運動に勤しむ。泥濘にまみれ、顔を歪めながらも、彼らの肉体は日に日に逞しくなっていった。そして、その筋肉が、日本という国の「血管」を、驚くべき速さで築き上げていく。


「フッ……この国の血流は、俺の筋肉が支配する……ふはははは!」


その夜、駿河の海岸では、南蛮貿易を任された商人たちが、米俵を抱えてのスクワットに励んでいた。その先に広がるは、南蛮の海である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る