第35話:民の生活、筋肉がもたらす安寧

 義元の改革が、経済、土木、物流といった国の根幹にまで浸透するにつれて、今川幕府の統治下にある民の生活は、劇的に向上していった。飢饉は減り、治安は安定し、人々は安心して暮らせるようになっていた。全国各地で、義元の「筋肉理論」は、もはや単なる狂気ではなく、「実生活を豊かにする知恵」として、人々の間に定着していた。


 清洲城の、とある村。穏やかな陽光が降り注ぐ中、子供たちは、学校が終わると、親と一緒に畑仕事に励む。だが、その合間に、彼らは楽しそうに「筋肉体操」をしていた。それは、義元が考案した、簡単な筋力トレーニングの動作を、歌に合わせて行うものだった。


「さあ、みんな! 胸を張って! 地面に手をついて身を押し上げる鍛錬、いち、に、さん、しっ!」


 村の寺子屋の先生が、子供たちに号令をかける。子供たちの小さな体には、日々の鍛錬で培われた、健康的な筋肉が宿っていた。かつては病に伏せることも多かった幼い命が、今では、その健やかな笑い声で村を満たしている。


 村の茶屋では、老人が笑顔で語り合っていた。


「わしらも、殿の仰せの通り、朝晩『膝を曲げて腰を落とす鍛錬』に励んでおる。おかげで、足腰が丈夫になり、畑仕事も楽になったわい」


「まことに! 殿の仰せられた『筋肉は幸福の源』という言葉は、本当だったのだなあ! 今では、孫たちも朝から晩まで元気じゃ。わしらの時代には考えられなんだ」


 全国各地で、義元の「筋肉理論」は、もはや単なる狂気ではなく、「実生活を豊かにする知恵」として、人々の間に定着していた。農民は、より多くの作物を収穫できるようになり、漁師は、より多くの魚を獲れるようになった。商人は、より多くの富を生み出すことができた。今川幕府が整備した新たな街道は、まるで太く強靭な血管のように日本を巡り、遠く離れた村々の間にも、活気と笑顔を運んでいた。


 義元は、城下を視察しながら、そんな民の様子を満足げに眺めていた。彼の胸には、「民の笑顔こそが、真の国力である」という確固たる信念が満ちていた。そして、その笑顔を支えているのが、彼がこの時代にもたらした「筋肉の福音」であることに、深い喜びを感じていた。


 その視線の先では、筋肉体操を終えた子供たちが、軽々と米俵を運んでいた。かつては大人でも苦労したはずの光景が、今や日常となっていた。


「よいぞ……この国の筋肉は、ついに完成しつつある……!」


 義元は、静かに、しかし確信に満ちた声で呟いた。彼の言葉が、風に乗って遠くまで響き渡る。月明かりの下、真新しい街道が、まるで隆起した大胸筋のように日本列島を貫いていた。

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