第16話 冥界の王との決闘

「おお、あいつの気に入りか。」


『!?う、あ、ゲイル様…。』


 シャノン様は僕の腕から離れ、地面に足をつけ、縮こまっていた。それをゲイル様がしゃがみこみ、つんつんと頭を軽く指で押している。


 知り合いなのだろうか。互いに敵意はなさそうで、至って普通の、久しぶりに再会した者同士の会話である。

 ゲイル様に至っては、にやにやと楽し気である。だけど、シャノン様の方は何故か怯えている。


【オークス。】


 いつの間にかいたアルバに手招きされて、近づき話を聞いた。どうやらゲイル様の姉である竜神様との戦いで、シャノン様はその軍の伝令部隊にいたのだという。

 つまり、敵同士だったのだ。


 それ以前にも一緒にいるところを見かけ、日常的に竜神様のお世話をしていたことから、ゲイル様から姉の気に入りという認識がされているとのこと。


 元敵同士、自身より身分が上な姉の気に入り。なんとも、複雑な事情を抱えているなと二人を見れば、そこまで、悪くはないのかな?


「かかか!もう対立はしない。あいつとの約束もあるし、今はアルバがいるしな。」


【え、僕ですか?】


 驚いているアルバに、ゲイル様は少し不服そうな顔をした。縁側での一幕で分かってはいたけど、この人、愛情表現が不器用すぎて、伝わってないんじゃないかと思う。


 もっと、アルバに感謝を直接言えばいいのにと考えていると、鋭い視線がこちらに向けられる。勿論、それはゲイル様だ。


 もしかして、今考えていたことがバレているのか?竜という存在がどんな力を持っているかは定かではないものの、心を読むこともできるのだろう。…ありえるな。


 素直に謝ろうとゲイル様に向かって、頭を下げると、シャノン様も同じようにする。アルバは首を傾げ、それらを見たあと、ゲイル様はため息を吐いて、視線が外される。

 あっ、許されたみたい。


「まぁ、いい。さて、ここから出る条件は一つ満たした。そして、もう一つだが。」


 空気が変わる。瞬間、僕の肩にとまっていたシャノン様が飛び、光を帯びて姿を美しい女性へと変化する。


「えっ、シャノン、様!?」


 僕の問いかけに答えることなく、前を見据え、後ろを庇うようにして立っていた。


「どういうことです、ゲイル様。」


「本当に、姿そっくりだな。だが、違う。」


 足を一歩前へと運び、楽しそうに笑う。そして拳を握り、軽く振るった。

 その勢いは、大地を揺らし、突風を吹かせる。庭先の木の枝が大きく揺れ、地面の石は転がって、砂埃を上げた。


「愚問だな、冥界の王に許しをもらわなければ、現世には行けない。そういう決まりだろ。」


【神様。】


 隣に立つアルバが差し出した剣を、受け取って鞘から抜き取る。そして、シャノン様の後ろにいる僕に向けて、剣先を光らせる。


「…私は元々、戦を好んでいた。武器を使っても、自身の肉体のみを信ずるにしても、相手と本気でぶつかることに心血を注いでいたのだ。私がここでお前を許せば、現世へと戻れるだろう。だから、これは我儘でしかない。…冥界の王である私と戦え。」


 冥界の王、それがゲイル様の別の役目。だから、あのとき「そっちか」と言っていたのか。


「オークス、下がれ。」


 もう一度、ゲイル様を見た。銀朱色の目がこちらを見据える。耳にはやはりあの耳飾りがあった。相手の隣に立つ、アルバを見た。何も言わず、ただ事の成り行きを見届ける姿勢だ。


 きっと、ここで僕が戦いたくないと言えば、ゲイル様は諦めるだろう。一刻も早く、二人に会いたい気持ちが湧きあがる。


 だが、同時に感じるのだ。——この人に力を示したい。


「いえ、シャノン様。」


 腕を横にして、僕とゲイル様の間を遮るシャノン様に、首を振ってはっきりと否定した。明らかに悲し気な表情に、胸が痛みながらも、その腕を上から押して、目の前の道を歩いた。


 剣先からわずかに離れた位置で立ち止まると、ゲイル様は鞘に剣を収めて、アルバに渡す。


「渡したやつがあるだろう。それを使え。」


「分かりました。」


 腰に下げていた剣を抜く。手に乗る鉄の重み。同じくらいの重みの木剣を振っていたが、やはり真剣は重みが違う。ぼんやりと浮かぶ明かりに、剣の表面が反射して輝く。


 僕が構えたのを見届け、ゲイル様は体勢を低くして告げる。


「ルールだが、一つだけだ。私の身体に傷をつけたら、合格だ。」


「はい!」


 ぐっと持ち手を握り、前を向く。ぴりつく緊張感、息一つでもすれば、聞こえてしまうであろう静寂。


 最初に動いたのは、ゲイル様だった。


「ふっ!」


 ただ拳を振るっただけ、瞳でその動きを捉えて、タイミングも合っていたはず。しかし、剣で受け止めるも、衝撃を吸収できずに後ろに吹き飛ばされた。


「オークス!」


 駆け寄ってきそうになるシャノン様を手で制止し、ふらつきながらも立ち上がり、もう一度構えた。負けるわけにはいかない。


 足に力を入れて、地面を蹴る。そして、思いっきり剣で縦に斬るが、ゲイル様は腕一本でそれを受け止めた。


 ぐっ、何て力だ!アルバの打ち合いしていた時だって、力の差を見せつけられたが、別格である。


「どうした、それで役目が果たせるのか!」


「この!」


「かかか!そう来なくちゃな。」


 思いっきり振り払われ、後頭部と背中をうつ。すぐに起き上がり、また挑む。

 対峙する相手方はまだまだ余裕の表情である。僕の戦意を確認し、ゲイル様は上の服を脱いだ。


 服によって隠されていたが、晒された上半身には、無数の傷痕が残り、痛々しいと感じる肌。筋肉が収縮することで血管が浮き出て、線のように映る。


 気配が変わった。間もなく来る、強い一撃が!


「耐えろよ、強い剣士になるならぁ!」


 あぁ、怖い。もろに食らえば一溜まりもないだろう。でも、諦めてなるものか。引くな、前に出ろ!


「ふうぅぅ…、こい!」


 視界からゲイルさんの姿が消える、そして次の瞬間、目前で拳を振り上げていた。


 この状況をどうすればよいものか、悩んでいても突破口はない。一回だけでいい、相手の懐に入って斬る。隙を狙え、タイミングを見計らうんだ。

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