作り笑いで誤魔化した方がいい時もある

北野美奈子

第1話 アプリのダウンロードが出来ないんです。って言いたくない時

 日本に帰国する度に必ず行く場所の一つが無印良品である。ヨーロッパにも進出してはいるが、お値段が違いすぎて腹が立つし、私の住んでいる所にはないので、日本に帰った時にここぞとばかりに通う。私のオアシスと言っていい。


 無印良品に限らず、日本の企業は自社のアプリでポイントを貯めるという戦略を使っているのが一般的なようで、実際使えれば便利だとも思う。ところが、日本企業のアプリはリージョン規制のせいで日本国外に設定されている携帯からのダウンロードは出来ない場合が多い。


 アプリをダウンロードすると10%割引になります。とか、お得そうなので、ついつい個人情報を安売りしてしまいそうになるが、お住まいの地域ではこのアプリはダウンロード出来ません、と出てしまうので断念するしかない。残念ながら、無印良品のアプリもリージョン規制が掛かっていてダウンロード出来ず、せっかくのバーゲンに割引はしてもらえなかったという悲しい経験をした。


 そういう時これまた個人情報を漏らしたくはないので、リージョンがどうのとは言わず、ただダウンロード出来ませんでした、アプリはいいです、とお茶を濁そうとするが、大抵向こうは食い下がってくる。


 日本の店員さんは世界でも稀に見る親切さと、辛抱強さを兼ね揃えているので、ダウンロードのお手伝いをすることが多いのだろう。だから私はそれに合わせて一応はやってみるが、結果は同じである。


 そういう時に残念でしたで引き下がってくれる人と、そうでない人といて、後者の人にだけ、実は携帯のリージョン規制のせいなんだと白状する。そうなんですね!とやっと納得がいったという顔になり、いつものようにどちらにお住まいで、日本を離れてどのくらいなのかを見ず知らずの人に話さなくてはならなくなる。日本の店員さんたちは本当に勉強熱心で優秀。何語を話すかとか、そんな言語があったんですね、と驚いてくれもする。


 買い物に出る度にこういう事になるので慣れてはいるが、アプリはお持ちですか?の質問がストレスになるなあ、と思う。


 アプリだけではなく、貴金属の買い物も似たような事になるのだと最近になって気付いた。娘が耳にピアスを開けたいというので、それならママもと一緒に開けた。ピアスというのは目立つ割にお手頃な値段で買えるので、なかなか気に入っている。自然そういうお店に足を運ぶ回数も増える。


 日本のアクセサリーのデザインは華奢で可愛らしい。お店の人たちも綺麗で親切で優しいので、断りにくいという難点はあるが、こちらに買う気があればとても丁寧に対応してくれるので、気に入った物を見つけやすいと思う。この間もお誕生日でもないのに、ぶらっと寄ったお店で見たピアスが気に入ってしまい衝動買いをした。


 会員登録や保険など、貴金属を買うにも携帯の番号が必要になる。メールではダメですかと言うと、携帯お持ちではないですか?と不思議がられる。当然だと思う。

またもや自白を強要させられ、日本の携帯の番号を持っていなくて、といつもの会話のパターンにはまってしまうのである。


 基本的に変なお客さんでいることに慣れてしまっているおばさんは、そこでまた余計な事を言ってしまった。ダイヤの色をUVライトで見ると色が石によって色が違うので面白い。だからこの間UVライトを買ってしまった。そんな話をすると、店員さんが目を輝かせてこちらのダイヤのネックレスを顕微鏡で見ませんかと、店の奥の方に連れて行ってくれた。


 カットが綺麗で他のダイヤよりも綺麗に反射するんです、と丁寧に教えてくれた。そのネックレスは夫に見つかったら、買っちゃったの、ニコリ。では済まされない額だったので、正直にそう白状した。向こうもあの手この手でしばらく食い下がってきはしたが、こちらも本気なので、また今度と言って店を出たけれど、顕微鏡でダイヤが見られてちょっと嬉しかった。


 その日に買ったピアスはとても気に入って使っている。断ったにも関わらず、小さな専用の箱にご丁寧にもリボンまでかけてくれ、店のロゴが入った小さな紙袋にいかにもアクセサリーですと言わんばかりの状態にして渡してくれたけれど、悲しいかなそれは全部捨てて帰らないと荷物が多いのでスーツケースの中で場所を取ってしまう。それでも、日本にいる間は使った後に丁寧に箱に戻し、リボンを結び直して大切にしまう。綺麗なリボンは捨て難いけれど、再利用もし難い。捨てたくないので丁寧にたたんで実家の箪笥の引き出しに入れて来た。


 帰りがけに、また帰国した時に寄って下さい、無料でアクセサリーの洗浄をしますと言ってくれた。

なんてお上手。危険だわ。とつい苦笑いが出る。結婚式にでも呼ばれないかな、とぼんやりと考える。私たちの歳になると結婚する人がいるとしても再婚なので、結婚式をしない人が多い。子どもたちが結婚するにはまだ早い。

あのネックレスが必要になる日は当分来ないだろう。

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