第6話 輝ける場所
秋原くんへの恋心を自覚してから、私の世界はさらに輝きを増した。
彼とグループワークで過ごす時間は、私にとってかけがえのないものだった。
彼の真面目な姿勢、優しい言葉、そして何よりも私を信じてくれる真っ直ぐな瞳。
それら全てが、私の中に新しい感情を育んでくれた。
彼からのメッセージ一つで心が躍り、彼と話すだけで胸が温かくなる。
この感情こそが「恋」なのだと、私ははっきりと理解していた。
秋原くんと二人で作り上げたレポートは、完璧なものへと仕上がっていった。
オンラインでのインタビュー、膨大な資料の読み込み、そして夜遅くまでのオンラインでのやり取り。
私たちの努力の結晶が、そこには詰まっていた。
秋原くんの論理的な構成力と、私の文章力が合わさって、想像以上のものができたと思う。
そして、いよいよ発表の日が来た。
朝から、私の胸の奥では、期待と、それ以上の緊張がせめぎ合っていた。
中学時代、私は人前に出るのが怖くて、発表のたびに体が震え、声が上ずっていた。あの時の、クラスメイトたちの冷たい視線が、今でも鮮明に蘇る。
また、あの時のように、嘲笑されるのではないか。
失敗して、秋原くんにも幻滅されるのではないか。
そんな不安が、波のように押し寄せては引いていく。
でも、今回は違う。
隣には秋原くんがいる。
彼と一緒なら、きっと大丈夫。
そう、何度も自分に言い聞かせた。
彼の真摯な瞳を思い出すと、少しだけ心が落ち着いた。
教室に入ると、すでに他のグループが発表の準備を始めている。
どのグループも、テーマは様々だが、私たちほど深く掘り下げているようには見えなかった。
授業が始まり、発表がスタートした。
最初に発表したグループは、教科書の内容をなぞったような、ごく一般的な内容だった。
次に発表したグループも、インターネットで調べた情報をそのまま読み上げているような印象だ。
クラスメイトたちは、退屈そうに聞いている。
先生も、時折頷くものの、特別な反応は見せない。
そして、私たちの番が来た。
私たちは、教卓の前に立った。
緊張で手のひらに汗が滲む。中学時代の悪夢が、すぐそこまで迫っているような気がした。
「それでは、秋原と橘のグループ発表を始めます。テーマは『AI技術の社会インフラ化について』です」
秋原くんがそう告げると、私は深呼吸をして、落ち着いた声でプレゼンテーションを進め始めた。
練習通り、ゆっくりと、しかしはっきりと。
「私たちは、AIの技術的な側面だけでなく、それが社会に与える影響、倫理的な課題、そして未来の展望について、深く掘り下げてリサーチを行いました」
私の言葉に続き、秋原くんがスライドを操作する。
私たちが作成した、分かりやすい図やグラフがスクリーンに映し出される。
「私たちは、実際にAI技術開発に携わるエンジニアの方に、オンラインでインタビューを行いました。その中で、AIはあくまで道具であり、それをどう使うかは人間の倫理観と知恵にかかっています。だからこそ、皆さんのような若い世代が、AIと社会の関わりについて深く考えることが、とても大切なんです」
私の言葉は、インタビューで得た生の声と、私たちの考察が融合されており、説得力に満ちていたと思う。
秋原くんも、技術的な解説が必要な部分では、補足説明を加えてくれる。
彼の声は、いつもより少しだけ力強く、頼もしく聞こえた。
彼の隣にいることで、私は不思議と落ち着き、自分の言葉に集中することができた。
発表が進むにつれて、クラスメイトたちのざわめきが、感嘆の声へと変わっていくのが分かった。
彼らの表情には、驚きと、そして真剣な興味が浮かんでいる。
私の言葉が、彼らの心に届いている。その事実が、私には何よりも嬉しかった。
先生は、私たちの発表を食い入るように見ていた。普段は厳しい表情の先生の顔に、感心の色が浮かんでいるのが見て取れた。
発表が終わると、教室には大きな拍手が響き渡った。その拍手は、中学時代には決して聞くことのできなかった、温かい音だった。
私の胸には、熱いものがこみ上げてきた。
隣を見ると、秋原くんも、少し照れたように、でも嬉しそうに微笑んでいた。
先生は、教卓から立ち上がり、私たちの方へ歩み寄ってきた。
「素晴らしい! 高校生とは思えないほど、深く掘り下げられた内容だ! 特に、専門家へのインタビューまで行ったとは、そのリサーチ力と探求心には脱帽だ。君たちの発表は、他のグループとは一線を画していた。本当に感銘を受けたよ!」
先生の絶賛の言葉が、私の心に深く染み渡る。中学時代に受けた傷が、少しずつ癒されていくような感覚だった。
クラスメイトたちも、口々に感想を言い合っている。
「すごいな、あの二人。レベルが違いすぎるだろ」
「まさか、あんなにすごい発表するなんて。マジで驚いた」
「あの地味な秋原と、大人しい橘さんが、まさかこんな……」
そんな声が聞こえてくる。彼らの言葉には、以前のような嘲笑や軽蔑はなかった。
私は、クラスの隅に視線を向けた。
野中千穂。彼女は、私たちの発表中からずっと、険しい表情をしていた。
先生が私たちを絶賛するたびに、その顔はさらに歪んでいく。
私たちが拍手喝采を浴びているのを見て、彼女は唇を強く噛み締め、明らかに苛立ちと嫉妬の炎を燃やしているのが見て取れた。
その視線は、私たちに向けられた称賛の光を、憎悪の眼差しで睨みつけているようだった。
彼女の視線が、私の心に小さな棘を刺すけれど、もう以前のように怯えることはなかった。
発表後、何人かのクラスメイトが私たちに質問しに来た。
中には、普段あまり話さないような生徒もいた。
私たちは、クラスの中で、そして学校の中で、少しずつ、しかし確実に「一目置かれる存在」になっていった。
私の心には、中学時代に失った自信とは異なる、新しい種類の充実感が満ちていた。
秋原くんと二人で成し遂げたこの成功が、私にとって、大きな自信へと繋がっていくのを感じた。
秋原くんの隣で、私は確かに輝いていた。
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