第7話 再びの悪意と絶望

 現代社会の授業での発表は、私にとって大きな転機となった。


 先生からの絶賛、クラスメイトからの拍手。それは、秋原くんと二人で成し遂げた、確かな努力の証だった。

 中学時代に失った自信を、少しずつではあるけれど、確かに取り戻しているのを感じた。

 秋原くんの隣で、私は確かに輝いていた。彼への恋心も、発表の成功と共に、さらに強く、確かなものになっていた。


 しかし、私の心に灯り始めた光は、長くは続かなかった。


 ある日の休み時間、教室の隅で本を読んでいると、ひそひそと話す声が耳に飛び込んできた。


「ねぇ、橘さんのこと、また変な噂流れてるよ」

「え、どんな噂?」

「それがさ、『中学のとき教師と寝たらしい』って話で、しかも『大人しそうに見えて誰とでも寝る』って……」


 その言葉を聞いた瞬間、私の心臓が、ドクンと大きく鳴った。

 全身の血の気が引いていく。 まさか、また……。


 中学時代の悪夢が、鮮やかに、そして容赦なく私の脳裏に蘇った。

 あの時と同じ、冷たい視線、ひそひそ話。そして、親友だと思っていた子たちからの裏切り。

 私は、震える手で本を閉じ、顔を上げた。


 クラスメイトたちの視線が、私の方をちらちらと見ているのが分かる。その目には、好奇と、そして疑念の色が浮かんでいた。


 その日から、悪意に満ちた噂は、まるで伝染病のように学校中に広まり始めた。


「橘さんって、やっぱりヤバい奴だったんだ」

「あの発表も、もしかして、先生に教えてもらったんじゃね?」


 そんな心ない言葉が、私の耳にも容赦なく届くようになった。噂は、尾ひれがついて、さらに悪質になっていく。


 私は、再び透明な壁に囲まれたかのように、周囲から距離を置かれるようになった。


 クラスメイトたちは、私を避けるように、遠巻きに見つめるばかり。私に話しかけてくる人は、もう誰もいない。


  私の心は、みるみるうちに冷えていき、絶望に支配されていった。また、一人ぼっちだ。 あの地獄のような日々が、また繰り返されるのか。



 何よりも怖かったのは、秋原くんの反応だった。

 彼は、私のことを信じてくれるだろうか?


 彼は、私が中学時代にどんな噂を流されていたか、知らなかったはずだ。

 もし、彼がこの噂を聞いて、私を嫌いになったら?

 もし、彼が私から離れていったら?


 私に灯してくれた光を、彼自身が消してしまうのではないか。

 そう考えると、全身の血が逆流するような感覚に襲われた。

 彼に嫌われること、それが、今の私にとって、何よりも恐ろしいことだった。



 秋原くんが、心配そうに私に声をかけてくれる。


「橘さん、大丈夫か?」


 彼の声は、いつもと変わらず優しかった。


 でも、私は、彼の目を見ることができなかった。

 もし、私の顔に、噂のせいで嫌悪感が浮かんでいるのを見たら、彼はどう思うだろう。

 私は、小さく頷くことしかできなかった。

 彼の優しさが、かえって私の心を深くえぐった。



 私は、彼の隣にいる資格なんてない。

 そう思い始めたら、もう学校に行くことすら怖くなった。


 朝、目が覚めても、体が鉛のように重い。

 このまま、もう二度と学校に行きたくない。



 私の心は、ボロボロになっていた。




 私はまた、大切な人を失ったのだと、絶望を感じた。



 私の勝手な、はじめての失恋だった。



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