第5話 恋心
秋原くんとグループを組んでから、私の世界は少しずつ色を取り戻していった。
最初はぎこちなかった会話も、AI技術という共通のテーマに向き合ううちに、自然と弾むようになった。
図書室での共同作業は、私にとって初めての経験だったが、秋原くんと向き合う時間が増えるにつれて、私の心は前向きな感情に満たされていった。
秋原くんは、私が苦手とする数式や、複雑なアルゴリズムの概念を、図や例え話を使って説明するように努めてくれた。
彼の解説はとても分かりやすく、私の中に新しい知識がすんなりと入ってくるのを感じた。
私が説明すると、秋原くんは真剣な表情で頷き、すぐに自分の言葉でノートにまとめていく。互いの得意分野を活かし、自然と協力体制が築かれていった。
ある日、私が「実際にAIを扱っている企業の方に、お話を聞いてみませんか?」と提案すると、秋原くんは少し戸惑った様子を見せたけれど、すぐに「僕の父がIT企業に勤めているんだ。もしかしたら、頼んでみたら話を聞いてもらえるかもしれない」と提案してくれた。
まさか、そんな行動力があるなんて。
彼の意外な一面に、私は驚きと同時に、少しだけ胸が高鳴るのを感じた。
オンラインでのインタビュー当日。私たちは緊張しながら、秋原くんのお父さんの会社の会議室の一角でパソコンの前に座った。
画面越しに現れたエンジニアの方は、私たちの質問に丁寧に答えてくれた。
AIがどのように社会に役立っているか、どんな課題があるか、そして未来の展望について。専門的な内容も多かったけれど、私たちは必死にメモを取り、理解しようと努めた。
特に印象的だったのは、エンジニアの方が言った言葉だ。
「AIはあくまで道具です。それをどう使うかは、人間の倫理観と知恵にかかっています。だからこそ、皆さんのような若い世代が、AIと社会の関わりについて深く考えることが、とても大切なんです」
その言葉は、私たちが取り組んでいるテーマの重要性を改めて教えてくれた。
そして、秋原くんと二人で、こんなにも深く、真剣に物事に取り組めていることが、何よりも誇らしかった。
インタビュー後、私たちは得られた情報を元に、本格的にレポート作成に取り掛かった。
私は、インタビューで得た生の声や、膨大なリサーチ結果を、分かりやすく、そして説得力のある文章にまとめ上げていく。
秋原くんも、図やグラフを作成したり、技術的な解説部分の表現を考えたりした。
夜遅くまで、オンラインで連絡を取り合い、お互いの原稿をチェックし合った。
秋原くんの論理的な構成と、私の表現力が合わさって、レポートは完璧なものへと仕上がっていった。
この共同作業を通じて、秋原くんは私にとって、ただのクラスメイト以上の存在になっていた。
彼は、私がどんなに小さな意見を言っても、決して否定せずに聞いてくれた。
私の過去の噂に触れることも、私を好奇の目で見ることも、一度もなかった。
彼の隣にいると、中学時代からずっと感じていた、同級生との対話に対する怯えが、少しずつ薄れていくのを感じた。
彼と話すたびに、私の心は温かくなった。
彼が私を信じ、尊重してくれるその真っ直ぐな瞳を見るたびに、胸の奥がじんわりと熱くなる。
それは、感謝や友情とは違う、もっと甘く、切ない感情だった。
放課後、彼が「橘さん、今日のグループワーク、ここからどう進めようか?」と声をかけてくれるだけで、心が躍る。
週末に彼から「来週の打ち合わせ、いつにする?」とメッセージが来るだけで、嬉しくて何度も読み返してしまう。
常に彼のことを考えている自分がいることに気づいた時、私ははっきりと自覚した。
これは、恋だ。
秋原くんのことが、好き。
失われたと思っていた私の心に、鮮やかな色が戻ってきた。
それは、秋原くんという存在が、私に新しい光を灯してくれたからだ。
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