第4話 ぎこちない共同作業
秋原くんが私にグループを組もうと声をかけてくれた瞬間、私の心に広がった温かい感覚は、久しぶりに味わうものだった。
まさか、誰からも声をかけられないと思っていた私に、話しかけてくれる人がいるなんて。
驚きと安堵が入り混じったまま、私は小さく頷いた。
放課後、私たちは図書室でグループワークの打ち合わせをすることになった。
クラスで最後まで残った私たち二人だけのグループ。
他の生徒たちが楽しげに帰っていく中、二人きりになると、途端に気まずい沈黙が降りてきた。
「あの……橘さん」
「……秋原くん」
お互いに名前を呼び合う声も、まだどこかぎこちない。私はいつものように静かに机に座り、秋原くんが口を開くのを待っていた。
中学時代の経験から、誰かと話すこと自体に怯えを感じていた私は、自分から積極的に話すことなどできなかった。
「えっと、グループワークのテーマだけど……何か、考えてる?」
秋原くんが尋ねると、私は少し思案してから、小さな声で答えた。
「特に……でも、興味があるのは、最近ニュースでもよく見るAIのこと、とか……」
「AI、か……」
秋原くんは、私が提案したテーマに、真剣に耳を傾けてくれた。私の言葉を途中で遮ったり、馬鹿にしたりする様子は一切ない。それが、私にはとても新鮮で、少しだけ安心できた。
「『AI技術の社会インフラ化について』、とか、どうかな……?」
私が遠慮がちに提案すると、秋原くんは少し考えるような様子だった。
「それ、いいな! 面白いと思う」
彼がそう言ってくれたので、私は安心し、胸を撫で下ろした。
先生に報告を済ませ、私たちは再び図書室に戻った。
これから、このテーマについてリサーチを進めることになる。
「どうやって進めていこうか?」
秋原くんから質問を受け、私は少し考えてからノートに考えを整理することにした。
「まずは、AIの歴史とか、基本的な技術について調べて、それから、実際に社会でどう使われているかを事例でまとめる、とか……」
私が提案すると、秋原くんは真剣な表情で頷いていた。
彼の視線は、私の伊達メガネの奥にある瞳ではなく、私の話す内容に集中している。それが、私にはとても嬉しかった。
「すごいな、橘さん。なんか、すごくしっかりしてるんだな」
「そ、そんなことないよ……」
秋原くんが素直な感嘆の声を漏らしてくれた。
私は自分の体温が上がっていくのを感じた。
どうしよう、私の顔、真っ赤になっていたりしないかな。
私たちは、まず基本的な情報収集から始めた。パソコンを使ってインターネットで検索したり、図書室にある関連書籍を読み漁ったり。
私は、黙々と資料を読み込み、重要な箇所には付箋を貼っていく。その集中力は、中学時代に失いかけていたものだった。
「秋原くん、この部分なんですけど、もう少し詳しく調べた方がいいかもしれません」
時折、私が秋原くんにそう声をかける。
私の声が小さくても、彼はいつも真剣に耳を傾け、的確な返事をくれた。
彼は、私が苦手な数式や、複雑なアルゴリズムの概念を、図や例え話を使って説明するように努めてくれた。
彼の解説はとても分かりやすく、私の中に新しい知識がすんなりと入ってくるのを感じた。
最初はぎこちなかった私たち二人の会話も、資料を読み進め、意見を交わしていくうちに、少しずつ自然になっていった。
秋原くんは、私がどんなに小さな意見を言っても、決して否定せずに聞いてくれた。私の過去の噂に触れることも、私を好奇の目で見ることも、一度もなかった。
彼の隣にいると、中学時代からずっと感じていた、同級生との対話に対する怯えが、少しずつ薄れていくのを感じた。
「この事例、面白いですね。AIがこんな風に活用されているなんて、知りませんでした」
私が、目を輝かせながら言うと、秋原くんは「ああ、俺も驚いた。でも、これって、もっと深掘りできそうじゃないか?」と返してくれた。
彼の言葉に、私は「そうですね!」と頷き、さらに資料を読み込んでいく。
秋原くんは、いつも大人しいけれど、グループワークになると、その秘めたる探求心と真面目さが輝きを放つ。彼の隣で作業していると、不思議と心が落ち着いた。
私の世界に、少しずつ色が戻ってきたような気がした。
このグループワークが、私にとって、そして秋原くんにとっても、新しい扉を開く。そんな予感が、私の胸の奥で少しずつ育っていた。
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