第3話 グループワークの誘い

 高校に入学して数週間が経った。

 私は、中学時代の影を引きずったまま、ひっそりと高校生活を送っていた。

 教室の隅の席に座り、できるだけ目立たないように、誰とも目を合わせないように。


 野中千穂が同じクラスにいるという事実は、私の心を常に不安にさせていた。彼女の視線を感じるたびに、中学時代の悪夢が蘇り、全身が凍り付くようだった。


 クラスメイトたちは、楽しそうに談笑し、グループを作り、賑やかに過ごしている。

 私は、そんな輪の中に入る勇気も、気力もなかった。

 誰も私に話しかけてこないし、私も誰かに話しかけることなんてできなかった。

 同級生との対話に怯える日々は、高校に入っても変わらなかった。

 私は、透明な存在として、この一年をやり過ごそうと心に決めていた。



 ある日の現代社会の授業。先生が大きな声で発表した。


「さて、来週からグループワークに入ります! グループは2人以上5人以下で組んでください。テーマは各グループで自由に設定して構いません。来週の授業までにメンバーとテーマを決定し、私に報告するように!」


 クラス中がざわめき始めた。

 生徒たちは一斉に動き出し、気の合う友人同士で集まり、あっという間にグループを作り始める。楽しそうな話し声が教室中に満ちていく。


 私の心臓は、ドクンと大きく鳴った。

 グループワーク。どうしよう。誰と組めばいいの?


 私の周りには、誰もいない。誰かが私を誘ってくれるなんて、期待できるはずもなかった。

 野中たちのグループは、すでに楽しそうにメンバーを決め終えているのが見えた。

 野中が、私の方をちらりと見て、明らかに不快感を滲ませた目で睨みつけているのが分かった。

 その視線に、私は思わず身を縮めた。


 また、一人で取り残される。先生が適当に余った生徒を組ませるのだろう。

 それはきっと、私にとって良い状況ではないだろう。誰かと組まされたとしても、きっと気まずい沈黙が流れるだけだ。

 そんなことを考えると、胸が苦しくなった。


 クラスのほとんどの生徒がグループを組み終え、賑やかだった教室が、少しずつ落ち着きを取り戻していく。


 残されたのは、私と、そしてもう一人。

 視線を教室の隅に向けた。

 そこには、私と同じように、誰からも声をかけられず、一人で座っている男子生徒がいた。


 秋原あきはら優斗ゆうとくん。


 彼もまた、クラスの輪から少し外れているように見えた。

 私と同じように、どこか自信がなさそうな雰囲気で、いつも静かに過ごしている。

 彼も、私と同じように、困ったように周りを見回している。


 その時、秋原くんがゆっくりと立ち上がった。

 彼が、こちらに向かって歩いてくる。


 まさか、私に? 私の心臓が、激しく脈打った。何が起こるのか分からず、ただ彼の姿を目で追う。


 秋原くんは、私の席の横まで来て、立ち止まった。


「あの……」


 彼の声に、私はびくりと肩を震わせ、ゆっくりと顔を上げた。


 私の大きな瞳が、伊達メガネの奥で彼を捉える。少し驚いたような、警戒するような表情だったかもしれない。

 彼は、緊張しているのか、少し声が上ずっているように聞こえた。


「橘さん……もし、よかったら……僕と、グループ組みませんか?」


 その言葉を聞いた瞬間、私の心の中に、じんわりと温かいものが広がっていくのを感じた。

 まさか、私に声をかけてくれる人がいるなんて。

 しかも、クラスで、私と同じように目立たない、秋原くんが。

 驚きと、安堵と、そして、ほんの少しの希望が、私の胸に満ちていく。

 私は、小さく、ゆっくりと頷いた。


「……はい」


 私の小さな返事に、秋原くんは少しだけ表情を緩めたように見えた。


 

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