第2話 新たな始まりと影

 中学三年生の秋頃、私の世界は色を失い、灰色に染まっていった。

 学校に行くのが怖くなり、家に引きこもる日々が続いた。

 毎日、布団の中で泣き続け、なぜ私がこんな目に遭わなければならないのか、答えのない問いを繰り返していた。


 そんな私を支えてくれたのは、両親だった。


千栞ちおり、私たちは千栞を信じているから。何も悪いことなんかしていないんだから、胸を張っていいんだよ」


 母は、毎晩私の隣に寄り添って、優しく頭を撫でてくれた。

 父も、普段は仕事で忙しいけれど、私が泣いていると、黙って私の手を握ってくれた。

 彼らの温かい言葉と、揺るぎない信頼が、私の心を少しずつ、本当に少しずつ、温めてくれた。


「このままじゃ、千栞がもっと辛いだけだ。高校は、新しい場所で、新しいスタートを切ってみないか?」


 ある日、父がそう提案してくれた。


 新しい場所。新しいスタート。

 中学での出来事を忘れられるなら、もう一度、前を向けるかもしれない。両親の支えもあり、私は少し離れた高校への進学を決意した。


 高校に入学するにあたり、私は決めたことがあった。

 もう二度と、あの時のように傷つきたくない。

 そのためには、誰にも目をつけられないように、透明な存在でいよう。


 私は、中学の時からかけていた伊達メガネを、高校でもかけ続けることにした。


 入学式を終え、初めてのクラス発表の日。

 私は、掲示板の前で自分のクラスを探した。1年B組。


「見つけられてよかった……」


 安堵の息を漏らしたのも束の間、同じ1年B組の名簿に、見慣れた名前を見つけてしまった。そこに、野中のなか千穂ちほの名前があったのだ。


 私の心臓が、ドクンと大きく鳴った。まさか、同じ高校、しかも同じクラスだなんて。


 中学時代の悪夢が、鮮やかに蘇る。彼女が私にどんな言葉を浴びせてきたか、どんな視線を向けてきたか、その全てがフラッシュバックした。


 そして、初めてのホームルーム。私は、教室の隅の席を選んだ。できるだけ目立たないように、息を潜めるように座った。


 野中千穂は、クラスの中心で、すでに数人の女子と楽しそうに話していた。

 彼女は、中学時代と変わらず、華やかで、周囲を惹きつける存在だった。

 ふと、野中の視線が、私の席の方を向いたような気がした。



 彼女の目が、私を捉える。

 一瞬、その瞳の奥が冷たく光り、口の端が意地悪く歪むのが見えた。

 私は、すぐに視線を逸らした。



「……また、あの時のように、なるのかな」


 胸の奥に、重苦しい不安が広がっていく。

 同級生との対話にも怯えるように、私は高校生活を始めることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る