第22話 悪意の真実

 2学期も深まり、僕と千栞の関係は、学校中で誰もが知るものとなっていた。


 千栞は伊達メガネを外して自信に満ち溢れ、僕も以前とは見違えるほど変わった。

 僕たちは、もう誰の目も気にすることなく、休み時間も放課後も、自然と隣にいることが当たり前になっていた。クラスメイトからの視線は、もはや好奇や嘲笑ではなく、尊敬と、そして少しの羨望が混じったものへと変わっていた。


 そんな僕たちとは対照的に、クラスの中で微妙な空気が流れている者たちがいた。莉乃と佐々木だ。


 最近では、二人で一緒にいる姿を見ることもほとんどなくなり、互いに避け合っているようにさえ見えた。


 佐々木は、美しくなった千栞の姿を見るたび、以前とは打って変わって、積極的に声をかけようとするようになった。

 莉乃が近くにいるにも関わらず、千栞に話しかけようと近づく佐々木の姿をよく見かけたが、千栞は彼を全く相手にしない。

 その様子を見る莉乃の表情は、いつも複雑だった。


 彼女たちの間には、以前のような親密さはなく、むしろぎこちなささえ感じられた。



 そして、もう一人。野中千穂の周りの空気も、明らかに変わってきていた。


 僕と千栞がクラスの中心になり、周囲から評価されるようになるにつれて、野中の千栞に対する露骨な不満や、以前からの冷たい態度が、クラスメイトたちの目に留まるようになったのだ。


「野中さんって、なんであんなに橘さんのこと嫌いなんだろうね?」

「なんか、ちょっと感じ悪いよね」


 そんなひそひそ話が、僕の耳にも届くようになった。


 以前は野中のグループにいた女子たちも、彼女から少しずつ距離を置き始めているように見えた。

 野中は、自分の周りから人が離れていくことに気づいているのか、ますます不機嫌そうに、そして苛立った様子で過ごしていた。



 ある日の放課後、僕は図書室で千栞を待っていると、廊下からクラスの女子たちの話し声が聞こえてきた。


「ねぇ、知ってる? 橘さんのあの変な噂、野中さんが言いふらしてたらしいよ」

「え、マジで!? あの『先生と不適切な関係』ってやつ?」

「うん。なんか、中学の時、野中さんが好きな先輩が橘さんのこと好きで、それで橘さんが振ったから、腹いせに野中さんが流したらしいって話だよ」

「うわー、最低じゃん……。それで橘さん、あんなに辛い思いしてたのに」

「だよね。しかも、あの学年1位と2位の発表の後も、ずっと橘さんのこと悪く言ってたし。信じられない」


 僕は、その場で凍り付いた。

 噂の出処が、野中だったのか。


 僕も千栞も、誰が噂を流しているのか知らなかった。ただ漠然と、千栞に振られた先輩が原因だという話もある、という程度にしか思っていなかった。まさか、同じクラスの、あの野中が、そんな悪質な噂を流し、千栞を苦しめていたなんて。

 僕の胸に、怒りがこみ上げてきた。


 その日から、野中の立場は、クラスの中で完全に逆転した。


 千栞の学年1位という実力が、噂の嘘を証明したこと、そして、その噂の出処が野中であるという真実が広まったことで、クラスメイトたちは野中を避けるようになった。

 以前は彼女の周りに集まっていた女子たちも、今は誰も寄り付かない。野中は、まるで透明な壁に囲まれたかのように、教室で一人、孤立していた。


 彼女の顔には、屈辱と、そして深い傷つきの色が浮かんでいるのが見て取れた。

 プライドが高かった野中にとって、この状況は耐え難いものだっただろう。



 そして、数日後。

 野中千穂は、学校に来なくなった。

 彼女の席は、空っぽのまま。


 僕と千栞は、顔を見合わせた。



 悪意が、ついに自らを蝕んだのだ。

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