第12話 千栞の絶望
僕が耳にした悪質な噂は、瞬く間に学校中に広まっていった。
まるで伝染病のように、生徒たちの間でひそひそ話が交わされる。
最初は一部の生徒だけだった好奇の視線が、今やクラス全体、いや、学年全体へと広がっているようだった。
「橘さんって、やっぱりヤバい奴だったんだな」
「あの発表も、もしかして、先生に教えてもらったんじゃね?」
そんな心ない言葉が、僕の耳にも容赦なく飛び込んでくる。噂はさらに尾ひれがつき、千栞を貶める内容へと悪質さを増していく。
僕の心は、強い憤りに震えた。
あの真摯な橘さんが、そんな不正をするはずがない。僕だけは、絶対に彼女を信じる。そう心に誓ったけれど、僕一人の思いでは、この悪意の波を止めることはできなかった。
ある朝。 橘さんの席は、空っぽだった。
僕は、不安に胸を締め付けられた。まさか、学校を休んでしまうなんて。
翌日も、その翌日も、橘さんの席は空いたままだった。彼女は、学校に来なくなったのだ。
僕は、焦燥感に駆られ、何度も橘さんのスマートフォンにメッセージを送った。
「橘さん、大丈夫?」
「何かあったら、僕に話してほしい」
「無理しなくていいから、返事だけでもしてほしい」
しかし、既読はつかず、電話をかけてもコールが鳴り続けるだけだった。
一切の応答がない。僕の心は、深い霧の中に迷い込んだようだった。
放課後、僕は教室で一人、橘さんの空席を眺めていた。
どうすればいいのか、途方に暮れていた、その時だ。莉乃が、僕の席の近くまで歩み寄ってきた。
彼女は心配そうに眉を寄せ、唇をわずかに噛んでいた。
「優斗くん、橘さんのこと、心配してるの?」
莉乃の声は、以前のような明るさとは異なり、少しだけ沈んでいた。
「うん……連絡も取れないんだ」
僕がそう答えると、莉乃は少し躊躇するような素振りを見せた。
「あのね、優斗くん。私、優斗くんのこと、心配なんだ。橘さんのこと、あんまり深入りしない方がいいと思うよ」
莉乃は、僕の目を見つめて言った。
その瞳には、僕を気遣うような優しさが宿っていたけれど、その言葉は、僕の心を逆撫でした。
「どうしてだよ。橘さんは、そんな噂を流されるような人じゃない」
僕が反論すると、莉乃は困ったように眉を下げた。
「でも、みんな、そう言ってるし……。優斗くんまで、変な目で見られたら、私、嫌だから」
莉乃の言葉は、僕を心配してくれているのだろう。だが、それは、噂を信じているからこその言葉だった。僕の胸には、やるせない感情が渦巻いた。
莉乃は、僕の返事を待たずに、そのまま教室を出て行った。
僕は、ただ橘さんの空席を見つめるしかなかった。莉乃の言葉は、僕の心を揺るがすことはなかったけれど、僕自身の無力さを痛感させられた。
橘さんは、今、一人で苦しんでいる。
僕のメッセージも、電話も届かない。
このまま、彼女を見捨てることなんて、絶対にできない。
僕に、何ができるだろう。
橘さんの苦しみを、少しでも和らげてあげたい。
そう強く願う。
このままでは、何も変わらない。 僕は、拳を強く握りしめた。
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