第11話 悪意の再燃

 現代社会の授業での発表を終えてから、僕と橘さんの関係は、以前にも増して確かなものになっていた。

 クラスメイトからの視線は、僕たちの発表内容に対して「すごい」と評価する尊敬の眼差しに変わり、学校生活は充実感を増していく。


 しかし、僕たちの周りの好意的な空気とは裏腹に、ある人物の心には、黒い感情が渦巻いていた。野中千穂だ。


 僕たちの発表が成功し、橘さんがクラスで注目されるようになるにつれて、野中の嫉妬は頂点に達していた。

 彼女は、僕と橘さんが話しているのを見るたびに、露骨に顔をしかめ、その視線には冷たい敵意が宿っていた。



 ある日、僕はクラスメイトたちのひそひそ話を聞いてしまった。


「ねぇ、橘さんのこと知ってる? なんか、中学の時も変な噂あったらしいよ」

「え、どんな噂?」

「それがさ、『男性教師と不適切な関係があって、成績を優遇してもらってた』って話で……」


 その言葉が耳に飛び込んできた瞬間、僕の心臓がドクンと大きく鳴った。


 僕は、その噂を初めて耳にした。

 僕は大きな衝撃を受けた。

 一体どういうことだ? 僕は、さらに聞き耳を立てた。


「だから、中学の時、橘さん、学校に来なくなったりしたんだって」

「えー、マジで? そんなことってある?」

「なんか、その噂のせいで、中学でも孤立してたらしいよ」


 クラスメイトたちのひそひそ話から、噂の全貌が少しずつ明らかになっていく。


 僕の頭の中を、橘さんとグループワークで過ごした日々が駆け巡った。

 彼女は、どんなに難しい資料にも真剣に向き合い、理解できない部分は徹底的に調べ、決して手を抜くことはなかった。僕が少しでも手を抜こうとすると、真面目な顔で「秋原くん、ここはもっと深掘りした方がいいと思います」と指摘してくれた。


 あの真摯な姿勢、あの努力、あの聡明さ。


 そんな橘さんが、不正な手段で成績を得るなんて、ありえない。

 僕の心は、強く否定した。この噂は、絶対に事実じゃない。


 しかし、僕の思いとは裏腹に、悪意に満ちた噂は、まるで伝染病のように学校中に広まり始めた。


「橘さんって、やっぱりヤバい奴だったんだ」

「あの発表も、もしかして……」


 そんな心ない言葉が、僕の耳にも届くようになった。噂は、尾ひれがついて、さらに悪質になっていく。

 橘さんの表情から、みるみるうちに笑顔が消えていった。休み時間には、また一人で本を読み、僕が声をかけても、力なく頷くだけ。その小さな背中は、以前にも増して寂しげに見えた。

 クラスメイトたちの好奇と疑念に満ちた視線が、まるで棘のように橘さんの心を刺しているのが分かる。


 彼女は、再び透明な壁に囲まれたかのように、周囲から距離を置かれるようになってしまった。

 僕は、橘さんの変化に気づき、胸の奥に重苦しい不安が広がっていくのを感じた。

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