第10話 深まる絆と複雑な視線
グループワークの発表を終えてから、僕たちの周りの空気は明らかに変わった。
クラスメイトからの視線は、以前のような「地味で目立たない奴」というものではなく、「すごい奴ら」という尊敬の混じったものに変わっていた。
廊下を歩いていると、知らない生徒から「この前の発表、すごかったですね!」と声をかけられることもあった。
僕と橘さんは、グループワークを一緒にしたことで、以前よりずっと話しやすくなっていた。お互いに他に親しい友人がいないこともあり、休み時間や放課後に、クラスで顔を合わせると自然と言葉を交わすようになった。
「秋原くん、今日の数学の宿題、ちょっと難しいところがありましたね」
「ああ、あの問題か。僕も少し悩んだよ」
そんな風に、授業の内容や宿題について話すことが多かった。たまに、どちらかが分からない問題があれば、図書室で短時間教え合うこともあった。お互いの得意分野を教え合うことで、理解が深まるだけでなく、何気ない会話も増えていったのは確かだ。
橘さんは、以前よりも表情が柔らかくなったように感じる。
僕が少し冗談を言うと、小さく笑ってくれる。
その笑顔を見るたびに、僕の心には、今まで感じたことのない穏やかな気持ちが広がった。
彼女と話していると、無理に自分を飾る必要がないというか、素の自分でいられるような気がした。
それは、僕にとって初めての、心地よい感覚だった。
放課後、たまたま帰る方向が一緒になったりすると、一緒に下校することもあった。
「今日の給食のデザート、美味しかったですね」
「うん、プリンだったな。橘さん、甘いもの好きなのか?」
「はい、大好きです。特にプリンは……」
そんな他愛もない話が、僕たち二人の間にはあった。
特別なことではないけれど、クラスで誰ともまともに話せなかった僕にとっては、橘さんとの会話は、孤独感を和らげてくれる大切な時間だった。
しかし、僕たちの変化を、素直に受け入れられない者たちもいた。それは、同じクラスの莉乃と佐々木、そして野中千穂だ。
廊下や教室で、僕たちが話していると、彼らの視線を感じることがあった。
特に野中は、僕と橘さんが周囲から良い評価を受けていることに、どこか不満げな視線を向けているようだった。橘さんが注目されるたびに、彼女は不機嫌そうな顔をしていた。
莉乃と佐々木も、僕たちを見る目は、以前とは違う複雑なものだった。
特に、中学時代は目立たなかった僕が評価されていることに、戸惑いを隠せないようだった。
ある日、図書室で少しだけ一緒に勉強していると、近くの席から莉乃と佐々木の声が聞こえてきた。
「ねぇ、真吾。秋原くんと橘さん、最近よく話してるよね。それに、なんか、周りの評価もすごいし……」
莉乃の声には、戸惑いと、ほんの少しの困惑が混じっているように聞こえた。
「ああ。あの地味だった秋原が、まさかな。一体何があったんだか」
佐々木の言葉には、信じられないといった呆れと、わずかな苛立ちが混じっていた。
僕は、彼らの言葉に何も反応せず、橘さんと顔を見合わせた。橘さんも、少しだけ表情を曇らせたように見えたけれど、すぐに僕のノートに視線を戻し、「秋原くん、この問題、もう少し考えてみませんか?」と、いつものように穏やかな声で言った。
僕たちの周りには、好意的な視線もあれば、複雑な視線もある。でも、もう以前のように、その視線に怯えることはなかった。
僕の隣に橘さんがいる。それは、孤独だった僕にとって、確かな「仲間」の存在だった。
橘さんも、僕と話すことで、少しずつ自信を取り戻しているように見えた。
僕たちの間には、互いを認め合い、支え合う、確かな繋がりが芽生え始めていた。
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