第5話 孤立する少女、橘千栞

 瑞希のアドバイスに従って、僕は意識的に周りを観察するようになった。


 教室の雰囲気、クラスメイトたちのグループ、休み時間の過ごし方。これまで見えていなかったものが、少しずつ見えてくる。

 クラスの中で、いつも一人でいる女子生徒がいた。


 たちばな千栞ちおり


 小柄で、いつもメガネをかけている。制服もきちんと着こなしていて、どこか大人しい雰囲気だ。

 彼女の周りだけ、まるで時間がゆっくり流れているかのように静かだった。

 休み時間になると、他の生徒たちが賑やかに談笑する中でも、橘さんは誰かと話すわけでもなく、ただ静かに文庫本を読んでいることが多い。その横顔には、どこか諦めにも似た影が差しているように見えた。


 彼女は、クラスの女子生徒たちの中心にいる野中のなか千穂ちほのグループから、明らかに避けられているように見えた。

 野中と彼女の取り巻きたちは、橘さんが近くを通ると、わざとらしく顔を見合わせてひそひそと話し始めたり、急に会話を止めたりする。まるで、橘さんの存在が不快であるかのように。


 特に野中は、橘さんに対して露骨な態度を取ることが多かった。橘さんが何か発言しようとすると、野中がわざと大きな咳払いをしたり、冷たい視線を投げかけたりする。

 一度、橘さんが落とした消しゴムを拾おうとした時、野中がさっと足を引いて、橘の手が空を切るのを見たことがある。その時の野中の口元には、わずかな嘲笑が浮かんでいたように感じた。他の女子たちも、野中に倣うように橘さんを避けているようだった。


 グループ分けの時も、体育のペア決めでも、橘さんはいつも最後に一人残される。

まるで、彼女だけが透明な存在であるかのように。


 僕は、その理由を知る由もなかった。


 なぜ橘さんがこれほどまでに避けられているのか、その背景にある事情は全く分からなかった。


 ただ、橘さんがクラスの輪に入ろうとせず、いつも一人でいる姿が、僕の目に強く留まるようになったのだ。


 彼女は、まるで厚い壁に囲まれているかのように、クラスメイトたちから距離を置かれている。


 僕と、橘さん。

 僕も失恋で深く傷つき、クラスに馴染めずにいた。

 橘さんも、何らかの理由でクラスから孤立している。


 僕たちは、どこか似ているのかもしれない。

 そう思うと、橘さんのことが、他人事とは思えなかった。




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