第4話 瑞希からのアドバイス

 瑞希の「お兄ちゃんをプロデュースしてあげるよ」という言葉は、僕の心を大きく揺さぶった。


 失恋の痛みはまだ残っているけれど、このまま塞ぎ込んでいるだけでは何も変わらない。瑞希の言葉が、僕の背中を強く押してくれた気がした。


 翌日、瑞希は早速「プロデュース会議」と称して、僕の部屋にやってきた。


「はい、これ!」


 瑞希が僕に差し出したのは、スマートフォンで開かれた美容院のウェブサイトだった。


「美容院? 僕が?」


「当たり前でしょ。その垢抜けない髪型、どうにかしないと始まらないじゃん。ほら、こういう感じとか、お兄ちゃんに似合うと思うんだけど?」


 瑞希は画面を僕に向け、いくつかのヘアスタイルの写真を見せてきた。どれも僕が普段選ばないような、清潔感があって、少し大人っぽい印象のものばかりだ。


「あんまりチャラチャラした感じじゃなくて、清潔感があって、ちょっと大人っぽい感じがいいよ。お兄ちゃん、顔は悪くないんだから、髪型で損してるよ。でもね、一番大事なのは、自分でね、こんな自分になりたいってイメージするの。そしたら自然と自分のこと好きになれるからさ。髪型って、なりたい自分をイメージしやすいでしょ」


 瑞希の言葉は容赦ないが、僕の心には確かに響いた。


 美容院なんて、親と一緒に行っていた小学生以来だ。

 なりたい自分をイメージする......。そうしたら自分を好きになれる......。

 瑞希の言葉を飲み込むと、緊張と、わずかな期待が入り混じる。



 次に、瑞希は僕のクローゼットを漁り始めた。


「うわ、何これ。全部同じような色と形じゃん! お兄ちゃん、服に興味なさすぎでしょ!」


 瑞希は僕の服を次々にベッドの上に放り投げていく。

 僕の私服は、確かに地味な色合いのものが多く、流行とは無縁だった。


「とりあえず、これとこれは捨てていい。あと、これとこれは……まあ、部屋着ならギリギリセーフかな」


 瑞希は容赦なく僕の服を仕分けしていく。


「お兄ちゃんには、もっと明るい色が似合うよ。暗い色ばかり着ているとね、心まで暗くなっちゃうから。あと、サイズ感も大事だよ。心がぎゅーってしてるときはね、少し大きめの服もいいけどさ。どんな服が良いのかわからないなら、今度、私がお兄ちゃんに似合いそうな服、買ってきてあげようか?」


 瑞希はそう言ったが、中学二年生の瑞希に、僕の服を買わせるわけにはいかない。だが、彼女のアドバイスは的確で、僕自身の意識を変えるきっかけになった。



 そして、瑞希からの最後のアドバイス。


「あとね、お兄ちゃん。もっと周りをよく見なよ。いつも下ばっかり見てないで、クラスの子たちがどんな話してるかとか、誰と誰が仲良いとか、そういうの、ちゃんと観察するの!」


「観察?」


「そう。 人間関係って、観察から始まるんだから。お兄ちゃん、今まで自分のことばっかりだったでしょ?」


 瑞希の言葉は、またしても図星だった。

 僕はこれまで、自分の殻に閉じこもり、周囲のことなんてほとんど意識してこなかった。


 瑞希のアドバイスを受け、僕はまず、自分を変えるための意識を強く持った。

 髪型や服装については、すぐに実行できるわけではなかったが、瑞希の言葉を参考に、なりたい自分をイメージして、今持っている服の中から、少しでも明るい色や、サイズ感の合うものを選ぶように心がけた。

 

 そして、翌日からの学校。僕は瑞希の言葉を思い出し、意識的にクラスメイトを観察し始めた。

 これまで、僕は、教室に入っても自分の席に直行し、授業中もノートと黒板しか見ていなかった。

 人とのコミュニケーションの取り方がわからなくて、休み時間も、俯いてスマートフォンを触ったり、本を読んで、ただぼんやりと過ごすだけだった。



 でも、今日、瑞希の言葉のとおり、周りを見回してみると、クラスメイトたちが、どんなグループで話しているのか、誰がクラスの中心にいるのか。誰が、僕と同じように少し孤立しているのか、これまで気づかなかった、たくさんの「情報」が、僕の目に飛び込んでくるようになった。

 それは、まるで新しい世界を発見したような、不思議な感覚だった。


 そして、その中で、僕の視線は、いつも教室の隅で一人、静かに本を読んでいる小柄な女子生徒に引き寄せられていった。


 たちばな千栞ちおり


 彼女もまた、僕と同じように、クラスの輪から少し外れているように見えた。




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