3話 生意
「じゃ、後は二人で話しなさいね」
父様は椅子から立ち上がると、母様を抱き抱えた。
子供のような抱っこ。
にゃふぅと、母は酔っ払って父にしがみついている。
いざ、去ろうとした時に母様においでおいでされる。
近寄ると。
「貴女は貴女」
と言われた。
残された私とクリスはなんとなく残ったグラスのお酒を舐めていた。
「俺らも行くか」
何処にですか?な顔をしてクリスを見る。
クリスは意地悪な笑みを浮かべると、顔を耳許に寄せ来た。
「分かってんのか?初夜だぞ」
と、言ってきた。
初夜?離された顔を眺める。
大きな溜息をつくと、さっきの父様が母様にしたように、私を抱えあげた。
「ま、それ以外にもまだ話があるだろ」
そう言って、私の唇の端へ唇を寄せる。
「続きは部屋でな」
漸く、私の脳は言われたことを理解でき頭が沸騰する。
クリスの緑の眼は小馬鹿にしている様だけど、だけど逆らう気はしなくて、私は頷くのが精一杯だった。
連れてこられたのはクリスの部屋。
当然だけど、初めて入る。
扉を開けるとクリスの匂いがする。
抱き抱えられてるのだから、その薫りにはずっと包まれているのだけど、より一層深くなる。
部屋に入り、鍵を閉めたけれどまだ下ろしてくれない。
「ね、クリス。もういいよ?歩くよ?そもそも、母様みたいに酔っ払ってないし」
「いいから、抱えられとけ」
「……あ、はい」
クスッて聞こえて、顔を見ると柔らかな微笑みのクリスに……不覚にも見蕩れてしまう。
抱えられたま、もう一つの扉を開けるとそこは寝室。
ベッドの上に座るように下ろされる。
「シャワー浴びてくるから待っとけ。あ、お前が先がいいか?」
「クリスが先に浴びなよ。私はその間に夜着を取ってくるから……てか、部屋でシャワーしてくるよ」
「馬鹿か。今日からここがお前の部屋だ」
呆れたようにそう言うと、ベットの傍らの椅子に掛けてあった布を私に渡す。
「じゃ、暫く良い子で待ってな」
手に渡された布は、上品な白い夜着。
再沸騰する頭に展開が着いていかない。
私、昼まで拗ねてたわよね?
絶望に沈んでたよね?と、思い出したが遠い昔の事のようだ。
それくらいクリスたちの話に、子供の嫉妬は何処かへ行った。
微妙な違いで、繰り返される期間。
違う人の意識を持ったまま、やり始める人生。
――こことは違う世界?
私は、クリスたちに関わってもいいのか?
夜着を握りしめながら答えの出ない思考に迷い混んでいた。
「お、お利口さんにしてたな。行ってこい」
クリスが濡れた髪をタオルで乾かしながら戻って来た。
「俺が寝入る前にちゃんと戻ってこいよ」
また、柔らかい微笑み。
「……うん」
夜着を手におずおずとシャワーへ向かった。
―――私は貴方たちの重さを受け止められるのだろうか?
それでも、逃げ出すと云う選択肢は端っから却下で、こうなった事を喜んでいる。
シャワーを浴びると、少ししか呑んでなかった筈のお酒で、迷走していたらしい意識がはっきりし始める。
『貴女は貴女』
そうだ、私は私だ。
シャワーを止め、タオルで水気を取り夜着に袖を通す。
なんだろう、私の好きな肌触りの夜着に、分かってるよなあと痛感し、自信を得られた。
寝室に戻るとクリスはベットに座って本を読んでいた。
「眼鏡?」
珍しい姿に思わず口にした。
本を閉じ、眼鏡を取りナイトテーブルにそれらを置き、私に手を伸ばす。
「おいで」
ベッドに近寄り、クリスの手を取ると子供のように足の間に座らせられる。
上掛けを膝に掛けると後ろから抱きつかれて、クリスの顎が、肩に乗る。
「何から話す?」
耳許でいつものクリスとは違う自信無さげな声に、私の心は冷静になる。
「何故、結婚式を?態々、私の知らないことをしなくても良かったのでは?」
一瞬の沈黙の後、クリスは吐き出すように言った。
「前回の終わりが結婚式だったんだ」
表情を変えずに、クリスの顔を見る。
「何も伝えない状態で、お祭り騒ぎの最中に消えちまうならそれでもいいし、式が終わったなら、それはそれで俺にとっては最良だ」
他人事を話すように言う。
上書きとか、確認とか、言っていたのを思い出す。
「前の式って誰としたの?」
「マーリアって女だ。お前が生まれる前、ミリアを殺そうとした女」
後ろから胸の下で組まれていた腕に力が入った。
「それで、上書き?」
「ああ、そうだな。思えば変な流れではあったんだ。それまではセイレンばかりを追っかけてた女が、俺に近寄る。まるで酔っ払ったかのように身動きが取れない。結婚式だって、知らないはずなのに何の疑問も持たず受け入れる。俺は俺でない感じもしたが、終わるならそれでもいいかと思ったんだ」
一気にそう言うと、一層腕に入る力が強まり、背中に顔が押し付けられる。
震えている?
「俺でない俺で、終わらなくて良かったよ」
髪の中に指が絡み、頭を固定され唇に触れるだけの接吻。
「ねぇ?貴方が消えてしまったら、私がどうなるかとかは考えなかったのかしら?」
「考えた。お前はまだ若いしやり直せばそれで良いと思った」
何だか訳の分からない悔しさが沸き起こる。
前に組まれたクリスの手に爪を立ててみる。
「けどさ。そんな事にお前の両親が手を貸すと思うか?」
そうだ。あの母様が結果の知れない勝負をするとは思えない。
父様が、私の嘆く事をするわけがない。
「ミリアが言うには、全てが変わってしまっているこの世界は、もうすでに別の世界だろうと言うことだ」
母様が自信満々なのは分かるけど、話の意味は分からない。
「ま、俺にもよく分からん。分かるのはミリアが大丈夫って言うんならそうだろうって事だけだ」
そうなんですね。
何だか笑いが込み上げてきた。
「だよなー俺も大概と思ったが、ミリアも中々だからなー」
私は体ごと振り返って、クリスの首の後ろで手を組む。
「ねぇ、今までにメアリはいた?」
極上にクリスは微笑む。
「ああ、俺の妻だ」
そう言うと、私の手を取り掌に口付けた。
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