2話 流涕
その日から何もする気が起きず、ぼっーとして過ごした。
仕事に行けばクリスに会ってしまう。
母様一人に仕事をさせてしまうことに罪悪感はあったけれど、今の私は行っても邪魔なだけだ。
「大丈夫、セイレンにさせるから。ゆっくりなさい」
と、言う母に甘えてしまう。
家族で仕事をしているのは良くも悪くもある、と思った。
「何やってんだ、おめー」
この口の悪さは……。
「ん、さぼってるの」
ずかずかと部屋に入ってきたクリスに当然のように答える。
「腹でも壊したか?」
「クリスの顔、見たくないだけ」
ソファーを背に床に座り込んでいた私は、クッションに顔を埋める。
「そいつは嫌われたもんだな」
「そうよ、……嫌いよ。嫌い……に、なれたら……!どんなに……」
クッションに顔は埋めたま、言葉に詰まる。
散々泣いた筈なのに、まだ涙が出る。
「そっかあ……」
そう言うと、クリスは部屋を出ていった。
扉が閉まる音がする。
「何しに来たんだ?」
漸く顔を挙げると、ソファーの上に見慣れない白い布……ドレス?
でも、真っ白て。
これはなんだろう?
「これはね、ウエディングドレスて言うのよ」
あ、母様、いつの間に。
「ウエディングドレス?」
「この世界には結婚式が存在しないから馴染みはないけど、結婚のお祝いで着るドレスよ」
…この世界?結婚式?
知らない言葉に混乱しかしないけれど……。
「私は、結婚するの?」
「さあ、着付けてあげる」
と、母は私にドレスを広げて見せた。
母に白いドレスを着せられ、お化粧をされ、頭にベールを掛けられる。
な、なに?て言うか、まず誰と結婚するの?
聞かされないまま、遊戯室へと引っ張られる。
「本当は神様の前で愛を誓うのだけど、神様は居ないから、セイレンに誓ってね」
カミサマって何!
父様に何を誓うの!
遊戯室の扉を開けると、メイドたちが居て、不服そうな顔をした父様と、白い服のクリスが居た。
「ねぇ、何なの、これは」
「結婚式だ」
そう言うと、クリスは私に手を差し伸べた。
二人して、父様の前に並ぶ。
「些か、不本意ではあるけれどね」
未だに何が起こっているのか分からない私への説明は無いのですか?
「幸せになりなさい」
え?
「クリストファー・メルクリオス。貴方はいかなる時もメアリ・メルクリオスを妻とし共に生き、一生何不自由なく下僕のように付き従え」
「何か、違わねーか?……まあ、いっか。あぁ、いつか別れが来るときまで一緒にいよう」
へ?
「メアリ・メルクリオス。貴女はいついかなる時もクリス・メルクリオスを夫とし、あ、愛せるのか?」
「え?え?」
何をしてるのか、何を言ってるのか分からない。
「クリストファー、駄目だってよ」
さっきまで、粛々とカードを読んでいた父様がクリスを小馬鹿にしている。
「セイレン!いい加減、覚悟なさい」
「取り敢えず、頷いとけや」
「あ、はい」
だから!これ何!
見上げると、幼い頃には見ていたクリスの柔らかい微笑み。
見蕩れる間も無く、肩を引き寄せられ、額に唇が触れる。
父様や母様、メイドたちが盛んに何か言ってるのは分かるけど、言葉になって耳に届かない。
ただ、クリスに触れられた、額と肩がやけに熱い。
肩は抱かれ、手を取られている。
私の手をクリスは自分の口許へと運び手の甲に唇を落とす。
「待たせたな」
「で、結婚は分かりましたけど、この格好はなんですか?」
一頻りお祝いの言葉を頂き場が落ち着いたのでクリスに聞く。
「まあ、上書き?確認?試験?研究…検査………詳しくはミリアに聞け」
やった本人だろうにはっきりしない。
母様の方を見れば、いつもの微笑み。
「取り敢えず、酒盛りしましょう」
何で?
「素面で聞いても訳分かんないわよ」
私とクリスは楽な格好に着替えて、父様たちに合流した。
遊戯室はさっきの集まりで清掃中だから、食堂で。
母はいつものお酒を舐めている。
クリスと父はワイン。
私は母様お手製のサングリアワイン。
「さて、何から聞きたい?」
と、母様。
「先程の一連の流れですか。何故こんなことになっているのかお聞かせ願いたいものですが」
と、クリスを睨む。
「うぅむ…」
悩んでる…振りだろ。
「どっから話すんだ?メンド……いや、えっーと」
「大体、クリスは私を捨てたんじゃないんですか!」
「何だって!」
逸早く立ち上がって激昂しているのは父だ。
母は我関せずでグラスに夢中だ。
クリスはばつが悪そうにグラスを呷っている。
「……ああっ!もお!」
クリスが吠えた。
……………………えっとぉ………………
母様とクリスの長い話が終わった。
クリスだけだったら、そんな法螺話までして誤魔化したいのか、となる内容だったけれど、母様と、そして父様までも真剣に話している。
「別の世界とか、繰り返しとか、生まれ変わりとか……俄には信じがたいのですが…クリスは兎も角、父様まで信じてらっしゃるのですか?」
クリスは私の隣で不貞腐れた。
「信じるも信じないもお前の自由だ」
「僕は見て来たからね。別の世界とやらを」
「え?」
「全然こことは違う質感の人や建物。奇妙な器具に囲まれたミリア。死んだ筈の少年。夢だったのかも知れないけど。夢と言うにはその時に見せられたクリストファーの姿絵は今とそっくりだった」
「それで、いつ消えるかも知れないからメアリに手出しできなかったのよね?」
母様が誂うように笑いながら、クリスのグラスにワインを注ぐ。
「そうなの?」
まじまじとクリスの顔を覗くとやさぐれてる。
「それだけでもねーけどな」
「まあ、流石に年齢差もあったみたいだけどね!」
と、けらけら笑いだしたよ、母様!
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