氷の女王の激甘日記

@asakura_ayumu

雪解け

僕の幼馴染、氷室雪乃は、完璧な人間だ。


透き通るような白い肌に、夜空を閉じ込めたような黒髪。切れ長の瞳は常に冷静で、感情の起伏を見せることは滅多にない。学年トップの成績、運動神経抜群、おまけにモデルのようなスタイル。クラスメイトは彼女を「氷の女王」と呼び、畏敬の念を抱いている。その冷たい美しさは、まるで冬の朝、窓ガラスに張り付いた霜の結晶のようだ。触れれば溶けてしまいそうだが、同時に、決して触れてはならないような、そんな危ういまでの透明感を纏っている。


そんな彼女が、僕、橘悠真にだけは、なぜかいつも塩対応どころか、まるで氷点下のような態度を貫く。


「橘、これ」


放課後、僕の机に無造作に置かれたプリントの束。その声は、いつも通り感情の読めない平坦なトーン。だが、彼女の指先が、ほんのわずかに僕の指に触れた瞬間、彼女はサッと手を引っ込め、顔を背けた。その頬が、ほんのり赤みを帯びたように見えたのは、きっと僕の気のせいだろう。長年の付き合いで、彼女の些細な変化には気づくようになったが、それを深読みするほど、僕は自分に自信がなかった。


「おう、サンキューな、氷室」


僕が気安く声をかけると、雪乃は小さく「ふん」と鼻を鳴らした。その仕草は、まるで猫が不機嫌そうに尻尾を振るようで、僕だけが知る彼女の小さな癖だった。他の誰にも見せない、一瞬の隙。でも、それが彼女の「嫌い」のサインだと、僕は思い込んでいた。だって、僕のようなクラスの隅で、目立たず、波風立てずに過ごす「モブキャラ」に、あの完璧な氷の女王が好意を抱くなんて、物語の中だけの話だ。僕は、自分を物語の脇役だと認識することで、無意識のうちに、彼女からのサインを「誤読」していたのかもしれない。


僕が「モブキャラ」を自称するのは、決して謙遜ではない。小学校の卒業文集に書いた将来の夢は「平凡な大人」。中学の部活は「幽霊部員」。高校に入ってからも、特に目立つこともなく、クラスの風景に溶け込むように生きてきた。そんな僕が、学園のヒロインである雪乃と幼馴染だというだけで、周囲からは「お前、実はリア充だろ」とからかわれる。その度に、僕は「いやいや、まさか」と否定してきた。雪乃の僕への態度は、その「まさか」を補強する確固たる証拠だったのだ。


隣の席の親友、田中がニヤニヤしながら肘で僕を小突いた。


「おいおい、相変わらず氷室さん、橘にだけはツンツンだな。あれ、絶対お前のこと嫌いだろ」


「だろ? 俺もそう思うわ」


僕が苦笑しながら答えると、田中はさらにニヤニヤを深めた。


「お前、本当に鈍感だな。あれで気づかないとか、もはや才能だろ」


田中の言葉に、僕は首を傾げるばかりだった。あの雪乃が、僕のことでソワソワするなんて、想像もできない。僕の頭の中では、彼女の行動は常に「委員長としての責任感」や「幼馴染としての最低限の配慮」というフィルターを通して解釈されていた。


その日の放課後、僕は部活の練習で体育館に向かっていた。廊下を歩いていると、前方から見慣れた銀髪が視界に入った。雪乃だ。彼女は何かを探しているように、きょろきょろと足元を見ている。その手には、いつも肌身離さず持ち歩いている、古びた革表紙のノートが握られていた。彼女が何かを書き込んでいるのを何度か見かけたことがあるが、その中身はいつも謎だった。まるで、彼女だけの秘密の庭の入り口のように、固く閉じられている。


「氷室? どうした?」


僕が声をかけると、雪乃はびくりと肩を震わせ、振り返った。その手から、シャーペンが滑り落ち、カラン、と乾いた音を立てて床を転がった。それは、僕が今朝まで使っていたはずの、少し使い古したシャーペンだった。


「あ、それ、俺のシャーペンじゃん。どこで落としたんだろ」


僕が手を伸ばすと、雪乃はなぜかシャーペンを背中に隠した。その仕草は、まるで大切な宝物を隠す子供のようだ。


「……別に。拾っただけだ。落とし物として職員室に届ける」


雪乃はそう言って、僕に背を向けた。その指先が、ほんの少し震えているように見えた。僕が不思議そうにしていると、雪乃は小さく「ふん」と鼻を鳴らして、そそくさとその場を去っていった。その足取りは、どこか慌てているように見えた。


その日の夕方、部活を終えて帰宅すると、玄関で母さんが慌てた様子で僕を捕まえた。


「悠真! あんた、また雪乃ちゃんに迷惑かけたでしょう!」


「え? 何のこと?」


「雪乃ちゃんがね、あんたのシャーペンを拾って届けてくれたのよ。しかも、わざわざ家まで!」


僕は目を丸くした。職員室に届けると言っていたはずのシャーペンが、なぜか僕の家に届いている。しかも、雪乃が直接。


「……いや、俺、体育館で会ったんだけど? 職員室に届けるって言ってたから、俺は気にしなかったんだけど……」


「え? そうなの? でも雪乃ちゃん、わざわざ『悠真くんが落とし物をしたので、届けに来ました』って、顔真っ赤にして言ってたわよ? しかも、そのシャーペン、大事そうに握りしめてたわよ?」


母さんの言葉に、僕は首を傾げた。顔を真っ赤に? あの氷の女王が? しかも、大事そうに?


その時、僕の脳裏に、体育館の廊下で雪乃がシャーペンを背中に隠した時の、あの震える指先と、熱を帯びた視線がフラッシュバックした。そして、彼女が肌身離さず持ち歩く、あの古びたノートの存在が、ふと頭をよぎった。あのノートには、一体何が書かれているのだろう。僕の知らない、彼女の本当の姿が。


「……もしかして、氷室って、俺のこと……」


僕の呟きは、誰にも届くことなく、夕焼けに染まる部屋に溶けていった。だが、僕の心の中に、小さな氷の塊が、ほんのわずかに溶け始めたような、そんな予感がした。













翌日から、僕の日常は、まるで薄い氷が張った水面のように、揺らぎ始めた。


朝のホームルーム。雪乃はいつも通り、凛とした姿勢で席に座っている。だが、僕の視線が彼女に向かうと、なぜか彼女の耳がほんのり赤くなっているように見えた。気のせいか? いや、最近は、その「気のせい」が頻繁に起こる。まるで、春の訪れを告げるように、雪乃の周りの空気が、少しずつ温かくなっているような気がした。


昼休み。僕が購買でパンを買っていると、雪乃が少し離れた場所で、僕の様子を伺っているのが見えた。目が合うと、彼女は慌てて視線を逸らし、まるで何事もなかったかのように、そそくさとその場を立ち去った。その背中には、いつもあの革表紙のノートが収められたスクールバッグが揺れている。あのノートには、一体何が書かれているのだろう。僕の知らない、彼女の本当の姿が。


「……やっぱり、気のせいじゃないのか?」


僕は頭を抱えた。あの氷の女王が、僕のことで顔を赤らめたり、こそこそと様子を伺ったりするなんて。信じられない。僕のようなモブキャラに、そんなことがあり得るはずがない。僕の心の中には、長年培ってきた「自分は特別ではない」という確固たる信念があった。それが、彼女の行動を「誤解」として処理するフィルターになっていた。


そんな僕の様子を見ていた田中が、またニヤニヤしながら近づいてきた。


「おい、橘。お前、最近氷室さんのことばっか見てるな。もしかして、氷室さんのこと、好きになったのか?」


「はぁ!? なわけねーだろ! あんな塩対応の女、誰が好くかよ!」


僕は思わず声を荒げた。その言葉は、まるで冷たい風のように、教室の空気を切り裂いた。その瞬間、教室の窓から差し込んでいた陽光が、一瞬だけ陰ったように感じた。雪乃は一瞬、びくりと肩を震わせ、僕の方をちらりと見た。その瞳には、ほんのわずかな傷つきと、すぐに隠された悲しみが宿っていたように見えた。彼女の表情はすぐに無表情に戻ったが、その一瞬の揺らぎが、僕の胸に鋭く突き刺さった。


「……っ!」


僕はしまった、と思った。いくらなんでも、言いすぎた。雪乃は何も言わず、ただ俯いて、購買を後にした。彼女の背中が、いつもより小さく見えた。僕の心の中には、後悔の念が、じわりと広がっていった。


その日の放課後、僕は雪乃に謝ろうと、彼女のクラスに向かった。だが、教室には誰もいない。職員室か、図書室か、それとももう帰ったのか。


諦めて帰ろうとしたその時、教室の隅にあるロッカーの陰から、小さな嗚咽が聞こえた。


「……っ、うぅ……」


恐る恐る覗き込むと、そこにいたのは、膝を抱えてうずくまる雪乃だった。彼女の肩は震え、顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。その手には、やはりあの革表紙のノートが握りしめられている。まるで、そのノートだけが、彼女の唯一の避難場所であるかのように。


「ひ、氷室!? どうしたんだよ!?」


僕が慌てて駆け寄ると、雪乃は顔を上げ、驚いたように目を見開いた。その瞳は、涙で潤み、普段の冷静さはどこにもない。まるで、氷の膜が剥がれ落ちたかのように、剥き出しの感情がそこにあった。


「た、橘……なんで、ここに……」


「なんでって、お前が泣いてるからだろ! どうしたんだよ、何かあったのか!?」


僕は雪乃の隣にしゃがみ込み、彼女の背中をそっと撫でた。雪乃は一瞬、びくりと体を硬直させたが、やがて、僕の服の裾をぎゅっと掴んだ。その指先が、熱い。


「……っ、うぅ……ひどい……橘の、ばか……」


雪乃の口から、か細い声で紡がれたのは、僕への罵倒だった。だが、その声は、まるで幼い子供が駄々をこねるような、甘えた響きを帯びていた。その言葉の裏に隠された、深い悲しみと、僕への期待が、僕の鈍感な心にも、ようやく届き始めた。


「え、俺? 俺が何かしたか!?」


「……っ、塩対応の女なんて、誰が好くか、だって……っ、ひどい……」


雪乃の言葉に、僕はハッとした。昼休みの、あの言葉だ。まさか、あんなに遠くにいたのに、聞こえていたのか? 彼女の耳が赤くなるのも、僕を避けるような仕草も、全てが僕の言葉に傷つき、それでも僕を気にしていた証拠だったのだ。


「ご、ごめん! あれは、田中がからかってきたから、つい……」


「……言い訳、だ」


雪乃は顔を伏せたまま、僕の服の裾をさらに強く握りしめた。その指先が、熱い。彼女の震えが、僕の心に直接響いてくる。


「本当にごめん! 悪かった! 俺、氷室のこと、嫌いなんかじゃない! むしろ、その……」


僕は言葉に詰まった。むしろ、何だ? 好き、なのか? いや、そんなはずは……。僕の頭の中は、混乱の霧に包まれていた。


「……むしろ、何だ?」


雪乃が、涙で濡れた瞳で僕を見上げた。その瞳には、期待と、不安が入り混じっていた。その視線は、まるで僕の心の奥底を覗き込むかのようだ。


「……むしろ、その、尊敬してるっていうか……いつも完璧で、すごいなって……」


僕の言葉に、雪乃はふっと表情を緩めた。そして、小さく笑った。その笑顔は、普段の「氷の女王」からは想像もできないほど、柔らかく、そして、甘かった。まるで、凍てついた湖の表面に、春の陽光が差し込み、小さな波紋が広がるようだ。僕は、その笑顔に、心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受けた。


「……え、なに、その顔……」


「……なんでもない」


雪乃はすぐに表情を戻し、涙を拭った。だが、その頬は、先ほどよりもずっと赤く染まっていた。彼女の耳が、まだ赤く染まっているのが見えた。


僕の心の中にあった氷の塊は、この時、音を立てて砕け散った。そして、その破片から、温かい水が溢れ出し、僕の心を満たしていくのを感じた。

















その日以来、僕の雪乃に対する認識は、完全に書き換えられた。彼女の塩対応は、僕への特別な感情の裏返し。彼女の完璧さは、僕の前でだけ見せる、不器用な素顔を隠すための鎧。


僕は、彼女の些細な仕草や視線の一つ一つに、これまで見過ごしてきた「甘さ」を見出すようになった。彼女が僕の隣を歩く時、ほんの少しだけ肩が触れる距離を保つこと。僕が困っていると、遠巻きに様子を伺い、さりげなく助け舟を出すこと。それら全てが、彼女の「好き」のサインだったのだ。


ある日の放課後、僕は図書室で課題をしようと、空いている席を探していた。すると、一番奥の席に、雪乃が座っているのを見つけた。彼女はいつも通り、難しい顔で参考書を読んでいる。その手元には、やはりあの革表紙のノートが置かれていた。


僕は意を決して、彼女の席へと向かった。


「氷室、隣、座ってもいいか?」


僕がそう尋ねると、雪乃はびくりと肩を震わせ、顔を上げた。


「……橘。別に、いいだろう」


雪乃はそう言いながら、僕のために自分の荷物を少しだけずらした。僕が隣に座ると、彼女はまた参考書に目を落としたが、その頬は、ほんのり赤く染まっているように見えた。


「集中できてるか?」


僕が声をかけると、雪乃は小さく「うるさい」と呟いた。その言葉とは裏腹に、彼女の視線は僕のノートに釘付けになっている。


「何見てるんだ?」


僕が少し意地悪くそう言うと、雪乃は慌てて視線を逸らし、参考書に目を戻した。


「……っ、別に、何でもない」


だが、その頬は、真っ赤に染まっていた。まるで、春の雪解け水が、地面に染み込むように、彼女の感情が表面に滲み出ている。


その時、不意に、雪乃の机の端に置かれたノートが、バランスを崩して床に滑り落ちた。カタン、と小さな音を立てて、革表紙が開き、中のページが露わになった。


僕の視線が、そこに書かれた文字に吸い寄せられた。それは、びっしりと埋め尽くされた、僕の行動記録だった。


『10月15日 悠真くん、今日の購買はメロンパン。私、本当はカスタードパンが食べたかったけど、悠真くんが選んだものと同じパンを食べるのが嬉しくて、ついつい買っちゃった。隣で食べるのは、緊張しすぎて味がわからなかった。』

『10月16日 悠真くん、体育の授業で転んじゃった。心配で、思わず駆け寄ろうとしちゃったけど、田中くんが先に。悔しい、私だって悠真くんのこと、心配なんだから。』

『10月17日 悠真くん、数学の課題で躓いてた。こっそりヒントを教えたけど、気づいてないみたい。もしかして、これじゃ伝わらないのかな。もっと、もっと、素直になれたらいいのに。』

『10月18日 悠真くん、昼休みに他の女子と楽しそうにおしゃべりしてた。胸がぎゅっと苦しくなる。嫉妬しちゃうなんて、私、本当にダメだなぁ。』

『10月21日 悠真くんのシャーペンを拾った。職員室に届けるって言ったのに、どうしても手放せなくて、悠真くんの家まで届けに行ってしまった。お母さんに「大事そうに握りしめてた」って言われて、もう、恥ずかしくて死にそう。でも、少し嬉しかったりして。』

『10月22日 悠真くん、僕の耳が赤いことに気づいた? 視線が熱くて、心臓がドキドキしちゃう。この気持ち、いつか届けられるかな。』


僕は、そのノートに書かれた内容に、絶句した。それは、単なる行動記録ではなかった。彼女の秘めたる感情、僕への切ないほどの好意、そして、僕の言葉に傷つき、それでも希望を抱く、彼女の繊細な心の機微が、そこに綴られていた。まるで、凍てついた湖の底に沈んでいた、彼女の「秘密の庭」が、今、僕の目の前で、ゆっくりと開かれていくようだ。


「……これ、氷室の……?」


雪乃は顔を真っ赤にして、ノートを奪い取ろうとした。その瞳は、羞恥と、絶望に満ちていた。彼女の顔から、血の気が引いていくのがわかる。


「ち、違う! これは、その……っ、これは……!」


「……氷室、お前、俺のこと……」


僕は、震える声で雪乃に問いかけた。雪乃は、顔を真っ赤にしたまま、俯いて何も言わない。その肩は、小刻みに震えていた。彼女の震えは、僕の心に直接響き、僕の鈍感さを責め立てる。


僕の頭の中で、これまでの雪乃の行動が、一気に繋がっていく。シャーペンを届けに来たこと。購買で同じパンを買うこと。僕の言葉に傷つき、涙を流したこと。そして、このノートに綴られた、僕への激重な感情。全てが、彼女の「好き」の証拠だった。


「……氷室、お前、俺のこと、好きなのか?」


僕がそう問いかけると、雪乃は顔を上げ、涙で潤んだ瞳で僕を見つめた。その瞳には、もう隠しきれないほどの、切ないほどの好意が宿っていた。彼女の瞳は、まるで春の陽光を浴びて輝く雪の結晶のように、美しく、そして、儚かった。


「……っ、うぅ……」


雪乃は、何も言わず、ただ、僕の目を見つめ返した。その沈黙が、僕の問いへの、何よりも雄弁な肯定だった。


僕は、自分の鈍感さに、心底呆れた。そして、同時に、胸の奥から、温かい感情が込み上げてくるのを感じた。それは、凍てついた冬が終わり、ようやく春が訪れたような、そんな温かさだった。


「……そっか。そう、だったのか」


僕は、雪乃の震える手を、そっと握った。彼女の手は、冷たかったが、僕の温かさが伝わると、すぐに熱を帯び始めた。雪乃は、驚いたように目を見開いたが、僕の手を振り払うことはしなかった。


図書室の窓から差し込む夕日が、二人の手を、優しく照らしていた。まるで、僕らの関係に、ようやく光が差し込んだかのように。
















雪乃の震える手を握りしめたまま、僕はゆっくりと口を開いた。


「……ごめん、雪乃。俺、本当に鈍感だった。お前の気持ちに、全然気づいてやれなくて」


雪乃は、俯いたまま、何も言わない。だが、その指先が、僕の指をぎゅっと握り返した。彼女の頬には、まだ涙の跡が残っている。


「でも、その……俺も、お前のこと、嫌いなんかじゃない。むしろ、その……」


僕は言葉に詰まった。どう言えば、この、胸いっぱいに広がる温かい感情が伝わるだろう。


「……むしろ、何?」


雪乃が、か細い声で問いかけた。その声には、微かな期待が込められている。彼女の瞳が、僕の言葉を待っている。


僕は、意を決して、雪乃の顔を覗き込んだ。涙で濡れた瞳が、僕を真っ直ぐに見つめている。その瞳の奥には、僕への深い愛情が、隠しきれないほどに溢れている。


「……むしろ、好きだ。雪乃のこと、好きだよ」


僕の言葉に、雪乃の瞳が大きく見開かれた。そして、その頬が、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。まるで、雪解けの地面から、一斉に花が咲き誇るようだ。


「……っ、うそ……」


「嘘じゃない。お前が俺のこと、そんな風に思ってくれてたなんて、全然知らなかったけど……でも、知ったら、俺も、お前のこと、もっと好きになった」


僕は、雪乃の頬に触れ、親指でそっと涙を拭った。雪乃は、僕の言葉に、ただただ呆然としている。その表情は、喜びと、信じられないという感情が入り混じっていた。


「だから、その……もし、お前が俺のこと、本当に好きなら……俺と、付き合ってほしい」


僕がそう言うと、雪乃の目から、再び大粒の涙が溢れ出した。だが、それは、悲しみの涙ではなかった。喜びと安堵、そして長年の想いが報われたことによる、温かい涙だった。


「……っ、うぅ……ばか……悠真の、ばか……」


雪乃は、僕の胸に飛び込んできた。その体は、小さく震えている。彼女の温かい涙が、僕の制服に染み込んでいく。


「……もちろん、いいに決まってる……っ、ずっと、ずっと、好きだった……!」


雪乃の震える声が、僕の胸に響いた。僕は、雪乃の小さな体を抱きしめ返した。彼女の髪から、甘いシャンプーの香りがする。まるで、春の訪れを告げる花の香りのようだ。


「……ありがとう、雪乃」


「……悠真」


雪乃が、僕の名前を呼んだ。その声は、甘く、そして、僕の心に、温かい光を灯した。


図書室の窓から差し込む夕日は、いつの間にか茜色に変わり、二人の影を長く伸ばしていた。僕らの「秘密の庭」は、もう秘密ではなくなった。凍てついた冬は終わり、僕らの心に、ようやく本当の春が訪れたのだ。


「ねぇ、悠真」


雪乃が、僕の胸から顔を上げ、上目遣いで僕を見つめた。その瞳は、まだ少し潤んでいるが、いたずらっぽい光を宿している。


「今度、あのノート、全部見せてあげる。もちろん、悠真の知らない私のことも、全部」


僕の顔が、一瞬で赤くなる。あの激重感情がびっしり詰まったノートを、全部?


「え、いや、それは……」


「ふふ。嫌なの?」


雪乃は、僕の反応を見て、楽しそうに笑った。その笑顔は、以前の「氷の女王」からは想像もできないほど、無邪気で、そして、僕だけに見せる「激甘」な表情だった。


「……嫌じゃない。むしろ、その……楽しみ、かな」


僕がそう答えると、雪乃は満足そうに、僕の胸に再び顔を埋めた。




これから先、ノートにどんな内容が加えられていくのだろうか。

僕らの春は、まだ始まったばかりだ。

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