第59話:歴史の教科書と公孫瓚の語り

白馬王朝の建国から、幾星霜もの時が流れた。中原の各地に築かれた都は、もはや戦乱の爪痕を見る影もなかった。人々は戦を忘れ、学び舎で書を読み、畑を耕し、家族と笑い合う。それは、かつて誰もが夢見た、平和な時代そのものだった。


都から少し離れた小さな村の広場には、一体の巨大な騎馬像が建てられていた。白い馬に跨り、堂々と槍を構えるその姿は、北方を統一した英雄、公孫瓚を象っていた。その像の足元に、公孫瓚本人が座り込み、子供たちに囲まれて、昔話を語り聞かせていた。


「おい、お前たち。この銅像、俺にそっくりだろう?」


公孫瓚の言葉に、子供たちは一斉に頷いた。「うん!公孫瓚様、かっこいい!」その無邪気な声に、公孫瓚は苦笑いを浮かべた。


「しかし、この像には一つ、決定的な間違いがある。それは……」


公孫瓚は、そこで言葉を区切ると、自分の胸を叩いた。


「俺は、まだ生きているということだ!」


公孫瓚の言葉に、子供たちはきょとんとした顔をする。その様子を見て、公孫瓚は、呆れたような、しかしどこか満たされた表情で、昔話を続けた。


「あれは、袁紹との戦いの時だった……」


公孫瓚の語りは、まるでその場にいるかのように、当時の戦場の様子を鮮やかに蘇らせた。袁紹軍の圧倒的な兵力、長引く行軍と補給の困難、そして、夜な夜な現れる「白馬の亡霊」に怯える兵士たちの姿。子供たちは、その物語に、目を輝かせて聞き入っていた。


「その白馬の亡霊こそが、我らが誇る、鉄鐙騎兵だったのだ!」


公孫瓚は、そう言いながら、満足げに頷いた。彼の瞳には、趙雲がもたらした新時代の技術と、それが乱世を変えたことへの、深い誇りが宿っている。


「その鉄鐙騎兵を率いていたのが、我らが皇帝、趙子龍殿だ。あの男が、袁紹に勝つための策を、すべて練っていたのだ」


公孫瓚の言葉に、子供たちは、趙雲という存在が、ただの皇帝ではない、この国の歴史を創った英雄であることを改めて理解した。


「しかし、その趙子龍殿が、袁紹との最終決戦で、とんでもないことをしでかした。俺の目の前で、大声でこう叫んだのだ」


公孫瓚は、そこで言葉を区切ると、子供たちの顔を一人ひとり見つめた。


「『公孫瓚様、ご無念!袁紹に続き、曹操もまた、貴方を侮りおった!弔い合戦だー!』と……!」


公孫瓚の言葉に、子供たちは一斉に笑い出した。公孫瓚は、その様子を見て、呆れたような、しかしどこか満たされた表情で、自分の胸を叩いた。


「そう、俺は、その時、生きていたのだ!しかし、誰も俺の言葉を聞かず、俺の銅像が、こうして各地に建ってしまった……!」


公孫瓚の言葉に、子供たちは、大声で笑い続けた。その笑い声は、彼の胸に、温かい光を灯した。


その夜、都の兵舎では、焚き火を囲んで兵士たちが酒を酌み交わしていた。彼らは、皆、老いたベテラン兵士だ。


「公孫瓚様も、相変わらずですな」


一人の老兵が、そう言って笑った。彼の隣に座る老兵も、懐かしそうに頷いた。


「ああ。あの時の弔い合戦は、本当にすごかった。公孫瓚様の声が、俺たちの耳には届かなかったが、俺たちの心には、確かに届いていた」


彼らの言葉は、趙雲の改革が、単なる政治的な施策ではないことを物語っていた。それは、この国の歴史において、武器が筆へと変わり、命を奪う力が、未来を創る力へと転換していく瞬間だった。


(俺が、乱世を終わらせるために、槍を握り、敵を斬った。しかし、その槍が守った命は、一瞬の平和にすぎなかった……)


趙雲は、静かに夜空を見上げた。


(だが、この子供たちが握る筆は、未来へと続く。この筆が、この国の新たな歴史を創っていく。槍が守った命は、やがて土に還る。だが、筆が守る命は、未来へと永遠に続いていくのだ……)


武将としての「敵を斬る腕」から、統治者として「民を救う手」へと、趙雲の心は深く転換していた。彼の胸には、皇帝としての重圧ではなく、仲間たちと共に未来を創造していくという、確かな達成感と、そして消えることのない未来への確信が満ち溢れていた。

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