第58話:永続する平和と新たな挑戦
白馬王朝の建国から一年が経とうとしていた。中原の各地は、もはや戦乱の爪痕を見る影もなかった。趙雲が命じた大規模なインフラ整備によって、かつては荒れ果てていた大路は、馬車が楽に行き交えるまでに整備され、村と村とを結びつけていた。治水事業によって氾濫の心配がなくなった河川のほとりでは、新たな農地が開拓され、農民たちの顔には、安堵と、そして希望の光が満ちている。
都の街は、活気に満ち溢れていた。朝早くから市場には多くの商人が集まり、白馬王朝が発行した統一通貨「白馬銭」が、まるで血液のように国中を巡っている。子供たちの朗らかな笑い声が、街のあちこちから聞こえてくる。それは、戦乱の時代には決して聞くことのできなかった、平和の象徴だった。
(この景色……この音……この匂い……。これが、俺が求めていたものだ……)
趙雲は、執務室の窓から差し込む柔らかな日差しを浴びながら、静かに目を閉じた。彼の心には、皇帝としての重圧ではなく、この平和な世界を築き上げたことへの、深い達成感と安堵が満ちていた。しかし、その安堵は、彼を安息の眠りへと誘うことはなかった。彼の心は、常に未来へと向かっていた。
その日の朝議では、内政の要である諸葛亮が、趙雲に頭を下げた。
「陛下。各地の行政改革は順調に進んでおります。民の不満も聞かれず、国は安定しております」
諸葛亮の言葉に、趙雲は静かに頷いた。しかし、彼の瞳は、諸葛亮の言葉の背後にある、新たな課題を探っていた。
「孔明殿。この国の平和は、いつまで続くと思うか?」
趙雲の問いに、諸葛亮は一瞬、言葉を失った。彼の知略をもってしても、この答えを導き出すことはできなかった。
「それは……陛下が、この国を治める限り、続くでしょう」
諸葛亮の言葉は、趙雲の心を揺さぶった。彼は、この国の平和が、自分一人の力に依存していることを、改めて痛感したのだ。
「それでは、駄目だ。私がいなくなれば、この国の平和は崩れ去ってしまう。そうではない。この国の平和は、私がいなくなっても、永続するものでなければならない……」
趙雲の言葉に、諸葛亮は静かに目を閉じた。彼の頭脳は、趙雲が何を求めているのか、その深い「思想」を理解していた。それは、武力による平和でも、個人の才覚による平和でもない。それは、国という「仕組み」そのものが、平和を永続させるための、新たな秩序だった。
趙雲は、諸葛亮と鳳統に、この構想を語った。
「私が目指すのは、『戦を忘れる時代』だ。武力ではなく、仁と智で治める国。そして何よりも、民一人ひとりが、自らの頭で考え、行動する力を持つ国だ」
趙雲の言葉に、諸葛亮は感嘆の声を上げた。「陛下……それは、まさに我々が目指す、究極の王道にございます!」
鳳統も、その隣で不敵な笑みを浮かべた。「面白い。武力で天下を取った後、武力を否定するとはな。まさに、子龍殿らしい策だ」
その日の夜、趙雲は、劉備と共に、都の城壁の上から、広大な平野に広がる街の灯りを見つめていた。その光は、かつての戦乱の炎ではなく、民の生活を照らす、温かい光だった。
「劉備様。この景色が、私がいなくなっても、永続するものでなければならない。それが、私の使命です」
趙雲の言葉に、劉備は静かに頷いた。彼の顔には、この国の平和を、趙雲と共に守り抜くという、強い決意が宿っていた。
「子龍殿。あなたは、一人ではありません。この国は、あなた一人で背負うものではない。私や、孔明、鳳統、そして、この国に生きる全ての民が、あなたと共に、この国を支えているのです」
劉備の言葉は、趙雲の心に、温かい光を灯した。彼の孤独は、少しずつ溶けていく。
その夜、都の兵舎では、焚き火を囲んで兵士たちが酒を酌み交わしていた。
「なあ、知っているか?陛下は、俺たちが戦で死ぬのではなく、学び舎で生きることを願っておられるそうだ」
「ああ。俺たちの子供は、もう戦場に行くことはない。書を学び、新たな時代を創っていく」
「ありがたいことだ。俺たちは、陛下に命を救われた。そして、その命を、今度は未来のために使うことができる」
兵士たちの言葉は、趙雲の孤独が、彼らの心によって温かく癒されていく、静かな夜だった。
趙雲は、窓から差し込む夕日を浴びながら、そう呟いた。彼の胸には、皇帝としての重圧ではなく、仲間たちと共に未来を創造していくという、確かな達成感と、そして消えることのない未来への確信が満ち溢れていた。
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