第53話:馬超、新時代の騎兵を育む

白馬王朝の建国からひと月。各地で趙雲の命を受けた改革が着々と進められる中、北の荒野は、新たな熱気に包まれていた。そこは、西涼の騎馬民族が誇る広大な訓練場だ。馬騰と馬超は、趙雲から託された「鉄鐙騎兵術」を、全国から集められた将兵に広めるという、新たな使命を担っていた。


(この鐙は、ただの道具ではない。馬と人が、互いを信じ、支え合うための『思想』だ)


馬超の心には、趙雲の言葉が深く刻まれている。彼が趙雲との馬術勝負で敗北し、自身の騎馬術が「古い」ものだと悟ったあの日の衝撃は、今や彼を突き動かす原動力となっていた。彼の武人としての誇りは、一度は砕かれた。しかし、趙雲は、その誇りを傷つけることなく、彼に新たな道を示してくれた。それは、ただ槍を振るうだけの武将ではなく、新時代の騎兵を育む「師」としての道だ。


訓練場には、白馬義従の兵士だけでなく、旧曹操軍や旧袁紹軍から降伏した兵士たちも混じり合っていた。彼らは、まだ半信半疑の表情で、馬超の言葉に耳を傾けている。彼らにとって、馬超は、かつて敵として恐れた将だ。そして、その馬超が、見慣れない道具を手に、熱心に騎兵術を語っている。


「いいか、皆の者!この鐙は、ただの足掛けではない!馬の揺れを完璧に吸収し、馬の力を、乗り手の力に変えるための革命的な道具だ!」


馬超は、自らの愛馬に跨り、鐙に足をかけて声を張り上げた。しかし、兵士たちの反応は鈍い。特に、旧曹操軍の古参兵たちは、馬超の言葉を嘲笑うかのように、ひそひそと囁き合った。


「鐙だと?そんな小細工、武人にあるまじきものよ……」


「そうだ、我らは長年、この素足で馬を操ってきた。鐙などなくとも、何の問題もない!」


彼らの言葉は、馬超の胸に、微細な苛立ちとなって膨らんでいく。しかし、彼はその苛立ちを抑え、静かに彼らを見つめた。彼らは、長年の戦乱を生き抜いてきたベテランだ。彼らが持つ「違和感」は、根拠のないものではない。それは、彼らの武人としての「誇り」そのものだった。


「では、試してみるか」


馬超はそう言うと、一人の若き兵士に近づいた。彼は旧袁紹軍の出身で、まだ顔に幼さが残る少年だ。馬超は、その少年に鐙を装着させると、馬に跨らせた。


「恐怖を捨てるのだ。馬を信じ、この鐙を信じろ。そして何よりも、お前自身を信じろ!」


馬超の声は、少年を励ますように優しく響いた。少年は、震える足で鐙を踏みしめ、馬を走らせた。しかし、鐙に慣れない彼は、すぐにバランスを崩し、馬の背から転げ落ちてしまう。周囲から、再び嘲笑の声が漏れた。


(このままでは、兵士たちの信頼を失う……!)


馬超の心に、焦りがよぎる。しかし、彼はすぐに気持ちを切り替えた。


(大丈夫だ。焦る必要はない。この技術は、必ず彼らの助けになる。信じさせる『助走』が、まだ足りないだけだ……!)


彼は、転倒した少年に駆け寄り、その身体の癖を見抜き、的確な助言を与えた。


「鐙は、足の裏全体で踏みしめるのだ!足首を柔軟に使い、馬の動きに合わせろ!」


馬超の言葉は、まるで魔法のようだった。少年は、その言葉通りに体を動かすと、驚くほど馬の背が安定するのを感じた。


「な、なんだこれは……!馬の背に、吸い付くようだ!」


「本当だ!これなら、馬の背で槍を構えても体がぶれないぞ!」


兵士たちの間から、驚きと興奮の声が次々と上がった。彼らは、長年培ってきた騎乗の常識が、この小さな道具によって覆されることに、純粋な感動を覚えていた。それは、彼らが旧来の騎乗法の「不便さ」を明確に認識し、新しい技術を受け入れる「助走」となる。


その様子を、馬騰は静かに見守っていた。彼の顔には、息子が、ただの武将ではなく、新たな時代の騎兵を育む「師」として成長していくことへの、誇らしげな笑みが浮かんでいる。


(馬超よ……お前は、この国の未来を担う英雄となるだろう)


馬騰の心の中には、趙雲という存在への深い信頼と、そして、彼と共に天下を統一するという、確固たる決意が満ちていた。


訓練は、日を追うごとに進んでいく。馬超の熱心な指導と、兵士たちの努力が実を結び、白馬王朝の騎兵は、趙雲がもたらした「鉄鐙騎兵術」を完璧に習得した。彼らは、もはや単なる騎兵ではない。大地を揺るがす地響きを立て、嵐のように敵陣を蹂誙する、天下無敵の「最強騎兵団」が誕生した瞬間だった。


その夜、兵士たちは焚き火を囲み、互いに酒を酌み交わしていた。


「まさか、あの馬超様が、あんなにも丁寧に教えてくださるとは思わなかった……」


「ああ。最初は、小細工だと思ったが、今ではもう、鐙のない騎乗など考えられん。俺たちの命を守ってくれる、最高の道具だ……!」


兵士たちの間からは、馬超への深い尊敬と、鐙という新たな技術への感謝の声が、次々と上がっていた。彼らは、この小さな道具が、自分たちの未来を変えてくれることを、確信していた。


その夜、馬超は、趙雲の本陣を訪れた。彼の顔には、充実感と、そして趙雲への深い感謝が満ちていた。


「子龍殿……本当にありがとうございます。貴殿が、この技術を教えてくださらなければ、俺は、一生井の中の蛙として、この乱世を終えていたでしょう」


馬超の言葉に、趙雲は静かに頷いた。


「馬超殿。私も、あなたから多くのことを学びました。あなたと共に、この乱世を駆け抜けられること、心より嬉しく思います」


二人の間には、言葉を交わさずとも通じ合う、深い信頼関係が築かれていた。彼らは、互いの才能を認め合い、互いを高め合う、最高の仲間となったのだ。


そして、趙雲の「馬具チート」は、馬超という「伝道師」によって、全国の騎兵へと広まっていった。この新しい騎兵術は、白馬王朝の軍を、もはや趙雲一人に依存しない、盤石な体制へと変貌させていく。それは、趙雲が目指す「平穏な世の実現」への、確かな一歩だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る