第54話:文明開化の萌芽、知が命を救う
白馬王朝の建国からひと月。各地で趙雲が命じた改革が着々と進められる中、都の片隅にある小さな建物は、異様な熱気に包まれていた。そこは、趙雲が新たに設立した「医館」だった。これまでの薬草や鍼灸といった伝統的な治療法に加え、趙雲が現代知識を応用した新たな医療技術を導入しようとしていたのだ。
(現代でいうところの『公衆衛生』か……。この時代では、誰も知らない概念だ)
趙雲の心には、ある光景が深く焼き付いていた。転生したばかりの頃、公孫瓚の兵舎で、小さな傷から感染症を起こし、命を落とす兵士の姿を目にしたのだ。その時の無力感と、歴史を知る者としての「違和感」が、彼の心に深い影を落としていた。
「孔明殿。この国の民の命は、戦だけでなく、疫病によっても多く失われている。この国の未来を築くためには、まず、民の命を守らなければなりません」
趙雲の言葉に、諸葛亮は静かに頷いた。彼は、趙雲の言葉の背後にある、深い「使命感」を感じ取っていた。
趙雲がまず着手したのは、「水の衛生管理」だった。彼は、沸騰した水を飲むこと、手を洗うこと、そして排泄物を適切に処理することの重要性を、都の民衆に説いた。それは、この時代の常識を根底から覆すものだった。
「子龍様、なぜ水を煮沸する必要があるのですか?水は、そのまま飲んで何の問題もないはずですが……」
一人の老人が、訝しげに趙雲に問いかける。彼の顔には、長年培ってきた常識と、新しい知識との間の、大きな「違和感」が浮かんでいる。
趙雲は、その老人の言葉に静かに頷いた。彼の心の中には、老人の戸惑いを理解する、深い優しさがあった。
「お爺様。その水には、目には見えぬ小さな悪しきものが潜んでいるのです。それを煮沸することで、その悪しきものを滅ぼし、我々の命を守ることができるのです」
趙雲の言葉は、まるで魔法のようだった。民衆は、最初は半信半疑だったが、趙雲の言葉を信じ、水を煮沸して飲むようになった。その結果、都で流行していた疫病が、徐々に収束していく。
その様子を、鳳統は、遠くから見つめていた。彼の心の中には、趙雲という存在が、武力だけでなく、人々の心と、その生活を根本から変えようとしていることへの、深い「感銘」があった。
(あいつは、本当に人間なのか……?ただの武将ではない。いや、もはや、皇帝でもない。まるで、この乱世の病巣を、外科医が切り開くかのように、冷徹に、しかし正確に、未来へと導こうとしている……!)
鳳統の思考は、趙雲の持つ「異質さ」の根源を探ろうと、深く沈んでいく。
趙雲は、さらに「公衆衛生」の改革を進めた。都の至る所に、簡易的な手洗い場を設置し、排泄物を適切に処理するための「下水」という概念を導入する。その工事は、鳳統の指揮の下、急ピッチで進められた。
そして、趙雲は、医官たちに、傷の消毒や、手術の際の清潔さの重要性を説いた。彼らの顔には、戸惑いと、そして趙雲の言葉が持つ「意味」への、深い「興味」が浮かんでいる。
「これまでは、傷口をそのままにして、膿がたまるのを待つのが常識だった。しかし、子龍様は、熱湯で布を煮沸し、それを傷口に当てると仰る……」
「その通りだ。傷口を清潔に保つことで、病は防げる。そして何より、多くの命を救うことができる」
趙雲の言葉は、医官たちの心に、新たな光を灯した。彼らは、趙雲の指導の下、この新たな医療技術を習得し、各地で民の命を救い始めた。
その様子は、瞬く間に全国に広まった。都から派遣された医官たちが、村々を回り、民の傷を癒し、病を治していく。それは、武力による統一では決して得られない、民の心からの「信頼」だった。
劉備は、各地を巡察する中で、趙雲の改革がもたらした、具体的な「希望」を目の当たりにしていた。
「子龍殿の知略は、ただ戦に勝つためだけではない。民を救い、この国の未来を築くためのものだ……」
劉備の言葉に、関羽と張飛も深く頷いた。彼らは、趙雲という存在との出会いが、自分たちの「仁」と「武」を、いかにして新たな高みへと導いたかを理解していた。
この国の隅々で、趙雲がもたらした「知識」は、諸葛亮という「制度」と、鳳統という「技術」、そして劉備の「仁」によって、具体的な「形」を成し始めていた。それは、単なる改革ではない。それは、この国の歴史を、そしてこの国の未来を、根本から変えていく、壮大な物語の始まりだった。
(俺の知恵は、諸葛亮という天才の知略と、鳳統という鬼才の情熱によって、この世界に根付いていく。この国は、もう、俺一人で背負う必要はないのだ……)
趙雲は、窓から差し込む夕日を浴びながら、そう呟いた。彼の胸には、皇帝としての重圧ではなく、仲間たちと共に未来を創造していくという、確かな達成感と、そして消えることのない未来への確信が満ち溢れていた。
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