第52話:孫呉の英傑、長江に立つ

武力による統一が終わりを告げた白馬王朝において、文治の中心が都の朝廷に移る一方で、経済の要は長江へと移されていた。初代皇帝・趙雲の命により、孫呉を束ねる孫権と、その片腕である周瑜は、長江の水運を整備し、交易路を確保するという、新たな使命を担っていた。


長江のほとりにある巨大な造船所には、連日、多くの船大工たちが集まっていた。木材を切り出すノコギリの音、金槌が船底を打つ鈍い音、そして櫓がきしむ音が、絶え間なく響き渡る。周瑜は、趙雲から提供された現代知識を応用した新たな船の設計図を手に、船大工たちに熱心に語りかけていた。


「皆の者!この図面にある船は、これまでの船とは構造が全く異なる!船底を二重にすることで、より多くの物資を運ぶことができ、船の安定性も飛躍的に向上するのだ!」


周瑜の言葉に、船大工たちは、最初は戸惑いを隠せない。長年培ってきた経験と、目の前の奇妙な図面との間に、大きな「違和感」を感じていたのだ。しかし、周瑜の緻密な説明と、その瞳に宿る熱意に触れ、彼らは次第にその「違和感」を乗り越え、新たな技術へと挑戦する「希望」を抱き始めた。それは、周瑜が持つ「知」と、趙雲がもたらした「技術」が融合し、船大工たちの心を動かしていく瞬間だった。


(この技術があれば、江東は、天下の動脈となりうる……!)


周瑜の心の中には、趙雲への深い信頼と、そして、彼と共に新たな時代を創造していくという、確固たる決意が満ちていた。彼の知略は、もはや孫呉のためだけではない。白馬王朝の、そしてこの天下のために使われることになるだろう。


その頃、孫権は、自らの執務室で、長江の水運整備に関する報告書に目を通していた。報告書には、航路の整備や、新たな港の建設、そして、それらがもたらす経済効果が、詳細に記されている。


(兄上の夢……俺は、それを、この手で叶えることができたのだろうか……)


孫権の胸には、兄である孫策への忠誠と、そして自らが築き上げるはずだった天下への、かすかな「未練」がにじんでいた。彼は、趙雲の「智」が、自らの才覚を上回ることを理解している。しかし、その理解は、彼の心の中にある「独立への未練」を完全に消し去ることはできなかった。


その夜、孫権は、兄である孫策を呼び出し、静かに語りかけた。


「兄上……この水運整備計画は、確かに素晴らしいものだ。しかし、この計画が成功すれば、江東は、もはや我々のものではない。白馬王朝の、一つの州に過ぎなくなる……」


孫権の言葉に、孫策は静かに頷いた。彼の瞳には、弟の苦悩を理解する、深い優しさが宿っている。


「孫権。お前の言う通りだ。俺たちの夢は、江東の独立だった。しかし、時代は変わったのだ。趙子龍殿がもたらした『天下』は、俺たちの『家』よりも、遥かに大きい。そして何よりも……」


孫策は、そこで言葉を区切ると、孫権の肩に手を置いた。


「趙子龍殿は、俺たちの夢を、決して否定しなかった。彼は、俺たちの才を、惜しみなく天下のために使ってくれる。それは、俺たちにとって、最高の栄誉ではないか」


孫策の言葉に、孫権の胸に、安堵と、そして趙雲という存在への深い信頼が満ちていく。彼は、趙雲が、単なる武力で支配するのではなく、仁と智で統治しようとしていることを、この言葉で理解したのだ。


その頃、長江のほとりにある巨大な港では、周瑜が、新たな交易船の出航を見守っていた。彼の背後には、彼が考案した新たな船の設計図が置かれている。それは、これまでの船よりも、はるかに大きく、そして頑丈だ。


(この船が、この国の経済を動かし、民の生活を豊かにする……)


周瑜の心の中には、孫権への忠誠と、そして趙雲への深い信頼が満ちていた。彼の知略は、もはや孫呉のためだけではない。白馬王朝の、そしてこの天下のために使われることになるだろう。


夜が明け、長江の水面に朝日が反射する。周瑜は、その光景を眺めながら、静かに、しかし力強く呟いた。


「孫呉の才は、天下に預けられてこそ、真の輝きを放つのだ……!」


彼の言葉は、まるで長江の水の流れのように、力強く、そして穏やかに、この国の隅々へと広がっていく。

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