第51話:劉備の仁政と民の再建
白馬王朝が建国されてから、早くもひと月が経とうとしていた。武力による天下統一が終わりを告げた今、初代皇帝・趙雲の命により、各地で新たな統治の動きが始まっていた。その中で、仁政の象徴として各地を巡察する役割を担ったのが、劉備と、その義兄弟である関羽、張飛だった。
彼らが訪れたのは、かつて袁紹と曹操の激戦地となった、中原の小さな村だった。村は見るも無残な姿で、焼け焦げた家屋の残骸が、かつての悲劇を物語っている。風が吹くたびに、焦げ付いた木材の匂いが鼻腔をくすぐり、荒れ果てた畑からは、生命の息吹が感じられない。避難民となった村人たちは、かろうじて残った小屋の影で、互いに身を寄せ合い、怯えに満ちた瞳で劉備たちを見ていた。
(この光景……かつて自分が、何もできなかった頃のようだ……)
劉備の胸に、遠い過去の記憶が蘇る。まだ諸侯の一人に過ぎなかった頃、彼は民の苦しみを前に、自らの無力さを痛感した。その悔しさが、今の彼の心に、より深く、そして強く、この村を再建しなければならないという使命感を刻みつけていた。
劉備は、馬を降りると、村人たちにゆっくりと近づいていった。彼の顔には、威厳ではなく、温かい微笑みが浮かんでいる。
「皆の者、もう恐れることはない。我らは、白馬王朝の軍。民を苦しめるために来たのではない。皆と共に、この村を再建するために来たのだ」
劉備の言葉は、まるで凍てついた大地を溶かす春の陽光のようだった。村人たちは、最初は警戒していたが、劉備の温かい眼差しと、その言葉に宿る「仁」の心に触れ、やがて涙を流し始めた。彼らは、長年の戦乱で、権力を持つ者から「救い」がもたらされることなど、夢にも思わなかったのだ。
その中で、一人の老いた女性が、地面に座り込んでいた。彼女の瞳は虚ろで、手には、焼け焦げた子供の木の人形が握られている。
「もう……畑など、耕せぬ……。この子を、戦で失った。もう、何の希望もない……」
彼女の嗚咽が、周囲の静寂に重く響く。劉備は、その女性の隣に静かに跪いた。
「お母さん、どうか顔を上げてください。この子の命は、決して無駄にはなりませぬ。この子が生きていた証は、この村の未来の中にあります」
劉備は、彼女の隣に立っていた小さな男の子を、優しく肩に抱き上げた。
「この子が、この村の未来です。あなた様が希望を捨てなければ、この子も、そしてこの村も、必ずや立ち直れます」
劉備の言葉と、その温かい眼差しに、女性の瞳に、かすかな光が戻った。彼女は、劉備に抱き上げられた男の子の顔を見て、初めて微かに微笑んだ。
劉備は、村の長老から、村の現状について詳しく話を聞いた。水が枯れ、畑は荒れ果て、種も食料も尽きかけているという。その言葉に、関羽は静かに頷き、張飛は怒りに震えた。
「くそっ!こんなひどい仕打ちをするとは!俺が賊を討ち取ってやる!」
張飛が激昂する。その豪放な声に、村の子供たちが怯え、泣き出した。劉備は静かに彼の肩に手を置いた。
「張飛。お前の力は、もう賊を討つためだけではない。この村の再建のために使え。民を安心させることこそ、お前の仁政だ」
劉備の言葉に、張飛は不貞腐れながらも、すぐにその言葉の「意味」を理解した。彼は、自らの巨体を活かし、荒れ果てた畑を耕し始めた。彼の豪快な笑い声が村に響き渡り、やがて子供たちが彼の周りに集まってくる。張飛は、子供たちと笑いながら力比べをし、その豪胆さと優しさで、村人たちに受け入れられていった。
関羽は、その公正さと規律で、村の秩序を守った。彼は、食料や種を平等に分け与え、誰もが安心して暮らせるよう、村人たちを導いた。彼の「義」の精神は、村人たちの心に、深い信頼をもたらした。
劉備は、村人たちと共に、井戸を掘り、家屋を再建し、畑を耕した。彼は、自らも汗を流し、村人たちと語り合った。その温かい心は、村人たちの心に、新たな希望の種を蒔いた。
(この国の土台は、民の笑顔だ。民が笑って暮らせる世を創ってこそ、真の天下統一と言える)
劉備の心の中には、趙雲という「力」と、自身が持つ「仁」が融合した、新たな治世の姿が明確に描かれていた。
その頃、都では、趙雲が劉備からの報告に目を通していた。報告書には、劉備たちが村の再建を助け、民の心を掴んでいることが記されている。趙雲の胸に、安堵と、そして劉備という存在への深い信頼が満ちていた。
(劉備様は、やはり仁政の象徴だ。俺の知略と力が、劉備様の仁によって、ようやく真の光を放つことができる。俺は、仁を掲げるだけの器か、それとも仁を形にできる器なのか……劉備様は、俺にそう問いかけているようだ)
趙雲の心の中には、劉備という存在が、いかにして白馬王朝の統治に不可欠な存在であるかという、確固たる確信があった。
この村の再建は、単なる一地方の出来事ではない。それは、武力による統一から、仁による統治へと向かう、白馬王朝の「思想」が、この国の隅々まで広がり始めている証だった。そして、この村の再建が、やがてこの国の繁栄の礎となることを、趙雲も、そして劉備も、深く理解していた。
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