第47話:初の朝議、そして三種の神器

白馬王朝の旗が天下に翻って数週間。新たな都は、公孫瓚の旧居城を改修した場所に、急ピッチで築城が進められていた。その中央に位置する広大な朝議の場に、初めて将兵と文官が一堂に会する。玉座には、白い甲冑を脱ぎ、簡素な衣をまとった初代皇帝・趙雲が座していた。彼の前には、諸葛亮、鳳統、劉備、孫堅、孫策、孫権、周瑜、馬騰、馬超といった、乱世を彩った英傑たちが、それぞれの衣に身を包み、厳粛な面持ちで列席していた。


(この日が来たか。武力による統一は終わった。ここからが、本当の戦いだ)


玉座の硬く冷たい感触が、趙雲の背中に突き刺さる。彼の胸には、皇帝という重圧と、この計画を成功させるという決意が満ちていた。床に響く足音、静寂と緊張。香炉から漂う沈香の香りが、この場の厳粛さをさらに高めていた。


趙雲は、静かに、しかし力強く宣言した。


「諸将よ、そして文官たちよ。長きにわたる乱世は、ここに終焉を迎えた。しかし、これは終わりではない。武力によって天下を一つにした我らの次なる使命は、武力ではなく、仁と智によってこの国を治めることだ」


趙雲の言葉に、諸葛亮は静かに頷き、劉備は深く感銘を受けた表情で、その言葉に耳を傾けていた。


「これより、我らは一つの国となり、新たな時代を築く。これからは、戦を忘れ、ものづくりで国を豊かにする時代です」


趙雲の言葉に、将兵たちは、顔を見合わせ、戸惑いを隠せない。しかし、趙雲の瞳に宿る確かな光に、彼らは黙ってその言葉に耳を傾ける。


趙雲は、懐から一枚の竹簡を取り出し、さらさらと文字を書き始めた。それは、現代の知識が詰まった、新たな治世の青写真だ。


「まずは、この国の産業を興す。現代で言うところの、『高度経済成長』というやつです。これからは、農業生産を飛躍的に伸ばし、交易路を整備し、民の生活水準を底上げする。そうすることで、この国は、武力ではなく、仁と智で治められるようになる。それが、私の目指す『平穏な世』だ」


趙雲の言葉に、諸葛亮と鳳統は興味深げに頷いた。しかし、鳳統は、その言葉に小さく肩をすくめた。


(GDPとか言っても通じねえよな……。国民総生産って、こいつら絶対理解してねえだろ……)


趙雲の内心では、現代の経済用語と、この時代の状況を比較し、その壮大さと困難さに自虐的なツッコミを入れていた。


「では、具体的にはどのような政策を?」


諸葛亮の問いに、趙雲は、扇を広げ、語り始めた。


「国民の生活水準を上げるための、『三種の神器』が必要です。まずは、鉄と土木の技術を組み合わせた、頑丈な農機具。これにより、農業生産を飛躍的に伸ばす。次に、治水技術の向上と、それによる灌漑システムの整備。これにより、豊作を安定させる」


「そして、この国の全土を網羅する、馬車の通行を可能にする道路網です。これが、現代で言えば、インフラと経済政策、そして高度経済成長の要となります」


趙雲の言葉に、諸葛亮は感嘆の声を上げた。「まさしく、天下泰平の礎石にございます!」


その時、孫権が口を開いた。彼の瞳には、兄への忠誠と、そして自らが築き上げるはずだった天下への、かすかな未練がにじんでいた。


「子龍殿。それは素晴らしいご構想にございますが、一つお尋ねしたい。統一通貨、白馬銭の発行と流通計画は、どうなされるのですか?」


孫権の言葉に、朝議の場がざわめいた。彼の問いは、各州の利権、そして白馬王朝の支配体制の根幹に関わる、極めて重要な問題だった。孫権は、兄の孫策や周瑜の「家」の夢を継ぐ者として、その利権を、簡単に手放すことはできなかった。


(兄上の決断は、正しい。しかし、本当にこれで良かったのか……?統一通貨、だと?各州の利権はどうなるのだ…?)


孫権の胸には、葛藤が渦巻いていた。彼は、趙雲の「智」が、自らの才覚を上回ることを理解している。しかし、その理解は、彼の心の中にある「独立への未練」を完全に消し去ることはできなかった。


その時、周瑜が孫権に視線を送り、静かに目を閉じた。それは、「今は耐えよ」という無言のメッセージだった。孫権は、その言葉に静かに頷き、趙雲の言葉に耳を傾ける。


趙雲は、孫権の問いに、冷静に、しかし確固たる声で答えた。


「統一通貨の発行は、この国の流通を円滑にし、経済を活性化させるための、不可欠な要素です。しかし、各州の利権を無視するつもりはございません。諸将がこの計画を承認してくださるならば、我々は、各州の利権を尊重し、徐々に統一へと向かうための、新たな制度を考案しましょう」


趙雲の言葉は、孫権の胸に、安堵と、そして趙雲という存在への深い信頼をもたらした。彼は、趙雲が、単なる武力で支配するのではなく、仁と智で統治しようとしていることを、この言葉で理解したのだ。


朝議後、趙雲はこっそり手のひらの汗を拭った。皇帝という重責と、この壮大な計画の成功へのプレッシャーが、彼の心に重くのしかかっていた。


その時、諸葛亮が趙雲に近づき、静かに語りかけた。


「趙子龍殿。これからが、本当の戦ですな」


趙雲は、その言葉に深く頷いた。


武力による統一から、政治と経済による新たな「戦」へと舞台が移行していく。

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