第32話:奇襲の夜、偽りの工房
趙雲が仕掛けた「見えざる罠」は、着実に曹操軍を誘い込んでいた。中原に潜入した密偵たちからの報告は、趙雲の予測通りだった。曹操は、白馬王朝の新たな騎兵術の根幹である「鐙」の製法を奪うため、精鋭の間諜部隊を組織し、白馬王朝の領内へと送り込んでいたのだ。
公孫瓚の本陣で、諸葛亮は扇を静かに閉じ、趙雲と鳳統に告げた。彼の顔には、勝利への確信と、緻密な策が成功へと向かう安堵の色が浮かんでいる。
「趙子龍殿。曹操の間諜、食いついたようです。目標は、鐙の製法と、それを生み出す職人たち。向かう先は、我々が用意した『偽りの工房』。あとは、彼らが罠に嵌るのを待つだけです」
趙雲は静かに頷いた。彼の顔には、一切の迷いがない。しかし、鳳統は不敵な笑みを浮かべていた。
「面白い。しかし、間諜が掴んだ情報が、偽りだとバレればどうする?それに、彼らが我々の元に忠誠を誓うとは限らんぞ」
鳳統の言葉に、諸葛亮が静かに応える。
「それが、子龍殿の策です。間諜が持ち帰る情報は、我々が流した『鐙の量産は困難』という偽情報。曹操は、その情報を信じ、安心して我々との戦いに臨むでしょう。そして、間諜の忠誠……それも、子龍殿の策のうちです」
その日の夜、闇に包まれた白馬王朝の領内。人里離れた森の中に、ひっそりと建てられた小さな工房があった。そこは、趙雲がわざと手薄にしておいた、「偽りの工房」だ。工房の中では、数名の職人が、見せかけの作業を続けている。彼らの周囲には、数名の警護の兵士しかいない。
その静寂を破るように、森の奥から、複数の人影が現れた。曹操の間諜部隊だ。彼らは、音もなく工房へと忍び寄り、一気に襲撃を開始した。
「製法を奪え!職人を捕らえろ!」
間諜部隊は、驚くほど手際よく工房の警備兵を制圧し、職人たちを捕らえた。彼らの顔には、任務成功の確信と、昂揚感が満ちていた。
「やったぞ!これで我らが曹操様は天下を取れる!」
しかし、その瞬間、彼らの背後から、無数の矢が雨のように降り注いだ。そして、森の奥から、無数の兵士たちが姿を現す。彼らは、趙雲の指揮下にある精鋭部隊だ。
「貴様ら!何故ここに!」
間諜部隊の隊長が、驚きに声を上げた。彼らは、自分たちが罠に嵌っていたことを、その時になってようやく悟った。
「貴様たちが、我々の工房を襲うことを、知っていたからです」
趙雲の声が、闇の中から響いた。彼の顔には、冷徹な笑みが浮かんでいる。
間諜部隊は、趙雲軍の圧倒的な兵力の前に、なす術もなく制圧された。彼らは、捕らえられた職人たちと共に、趙雲の本陣へと連行される。
翌日、趙雲は捕らえた間諜たちを尋問した。彼らが掴んだ「鐙の量産は困難」という偽情報と、工房の場所が、いかにして曹操の元に届いたか。そして、その情報をもたらした者が、誰であるか。
尋問の結果、驚くべき事実が判明する。間諜部隊の情報をもたらした者が、曹操軍の信頼厚い武将、楽進の部下だったのだ。しかし、その男の顔を見た趙雲は、静かに目を閉じた。
(……やはり、お前か)
趙雲は、その男が、かつて董卓討伐戦で、孫堅軍の兵糧を遅らせる策に加担していた、袁紹の密偵の一人だったことを知っていた。その男は、袁紹の敗北後、曹操の元へと寝返り、今度は曹操の間諜として動いていたのだ。
趙雲は、その男に、静かに語りかけた。
「貴様の主は、袁紹から曹操へと変わった。しかし、貴様の主人は、本当に曹操なのか?」
趙雲の言葉に、男の顔色が青ざめる。彼の心の中には、忠義と、そして己の保身との間で、激しい葛藤が生まれていた。
趙雲は、その葛藤を読み取り、男に一つの選択肢を提示する。
「私に仕えよ。私に仕えるのならば、貴様の過去は不問とする。そして、私と共に、この乱世を終わらせるのだ」
男は、趙雲の言葉に、ただ黙って頷いた。彼の顔には、安堵と、そして新たな希望の光が宿っていた。
ここに、趙雲の「智」によって、曹操の間諜が、趙雲軍の「逆スパイ」へと生まれ変わる。人間関係の「点と点」が、再び趙雲という中心によって結び直され、物語は新たな局面へと進んでいく。
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