第31話:曹操の間諜と趙雲の対抗策

白馬王朝の軍制改革は、中原の風に乗って、遠く離れた曹操の本陣にも届いていた。当初は「若造の戯言」と一笑に付していた曹操だったが、各地から届く密偵の報告書に目を通すたび、その顔色は険しさを増していった。報告書には、白馬王朝の全騎兵が、馬と人が一体となる「新しい騎兵術」を習得し、軍全体の士気が飛躍的に向上していることが記されている。


「騎兵に必須の馬具だと?それを用いて、馬と人が一体となる騎兵術を習得させ、軍全体の士気を高めているだと?」


曹操は、報告書を叩きつけるように机に置いた。彼の側近には、疲弊しきった荀彧、郭嘉、程昱が控えているが、彼らはこの報告に、かつてないほどの「違和感」と「困惑」を覚えていた。趙雲が仕掛けた心理戦と情報戦により、彼らの「智」は既に機能不全に陥りつつあったが、この報告は、彼らの知る戦の常識を根底から覆すものだった。


「なぜ、我々が知らぬ技術を、あの若造が……」


郭嘉は激しく咳き込みながらも、その瞳に鋭い光を宿らせていた。彼の天才的な頭脳は、趙雲の持つ「異質さ」の根源が、この馬具にあることを予感していたのだ。程昱もまた、唇を噛み締め、悔しさに顔を歪めていた。「あの馬具さえなければ、我々の騎兵が劣るはずがない……!」


曹操は、もはや彼らの沈黙を許さなかった。彼は全軍に、趙雲軍の馬具の情報を徹底的に収集するよう命じる。そして、その情報を得るため、趙雲軍の内部に間諜を送り込むことを決意した。


(趙子龍め……貴様の改革、この曹孟徳が、その芽を摘んでくれる!)


曹操は、自らの覇道を阻む新たな脅威に対し、怒りと、そして強い執念を燃やしていた。


その頃、趙雲の本陣では、諸葛亮が中原から届く情報を分析していた。彼の扇は、静かに、しかし絶え間なく動いている。


「趙子龍殿。曹操が、ついに動き出しました。馬騰・馬超両将軍の騎兵術の融合、そして鐙の制度化の報せが、彼の耳に入ったようです。おそらく、我々の内部に間諜を送り込もうとしているでしょう」


諸葛亮の言葉に、趙雲は静かに頷いた。彼の胸には、曹操の動きが、自身の予測通りに進んでいることへの確信が満ちていた。


「我々の改革は、いずれ曹操の耳に入る。それは、必然です。しかし、その情報を逆手に取れば、我々にとっての有利な状況を作り出すことができます」


趙雲の知性は、曹操の間諜を、ただ排除するのではなく、「利用する」ことを考えていた。彼は諸葛亮と鳳統に、曹操の間諜を迎え撃つための、緻密な策を提示する。


それは、まず、わざと偽の情報、つまり「鐙の製法は、特別な職人だけが知る秘術であり、量産は困難を極めている」といった嘘を流布させること。そして、その偽情報を掴んだ間諜が、いかにも重要な情報を掴んだかのように思わせ、曹操の元へと持ち帰らせる。


さらに、趙雲は、曹操が次に仕掛けてくるであろう戦術を予測していた。それは、この馬具を奪い取るための、直接的な奇襲だろう。


「曹操は、必ずや鐙の製法を奪いに来る。その場所は、この付近の鍛冶場か、革工房……。そこを、わざと手薄にしておき、曹操の奇襲を誘うのです」


趙雲の言葉に、鳳統が不敵な笑みを浮かべた。「なるほど、餌をまく、というわけか。面白くなってきたぞ、子龍殿」


しかし、諸葛亮の表情は真剣だった。「しかし、一歩間違えれば、我々の馬具が奪われる可能性もございます。万全の準備が必要です」


趙雲は、諸葛亮の懸念に静かに頷いた。彼は、この戦いが、単なる武力衝突ではないことを理解している。これは、彼と、そして曹操の「智」の、真っ向からの勝負だ。


その日の夜、趙雲の命を受けた密偵たちが、中原へと再び潜入していく。彼らの目的は、曹操軍の間諜を捕捉し、偽情報を流布させること。そして、曹操軍の動きを正確に把握し、趙雲に伝えることだ。


中原の風は、白馬王朝の勝利を告げると同時に、新たな戦乱の序曲を奏で始めていた。趙雲と曹操、二人の英傑による、見えざる戦いの火蓋が、今、切って落とされようとしていた。

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