第20話:中原初戦、白馬の激突

曹操の怒りは、中原の平野を覆う嵐のようだった。白馬の陥落は、彼の覇道に泥を塗る屈辱であり、趙雲という若き将の存在は、彼の誇りを深く傷つけた。彼は全軍に号令を下し、これまで温存してきた精鋭部隊を惜しみなく投入した。その数、三十万。旗が林立し、兵士たちの鬨の声が大地を揺るがす。曹操は、自ら最前線に立ち、その顔には勝利への執念と、趙雲への激しい憎悪が刻まれていた。


「趙子龍め!貴様如き若造に、この曹操が後れを取るものか!全軍、進め!奴らを一兵残らず殲滅せよ!」


彼の号令と共に、曹操軍はまるで巨大な津波のように、趙雲軍の布陣へと押し寄せた。その圧倒的な兵力は、視界を埋め尽くすほどであり、その迫力は、並の将兵であれば戦意を喪失させるに十分だった。曹操軍の将兵たちは、白馬陥落で揺らいだ士気を、曹操自身の咆哮と、圧倒的な兵数で無理やり奮い立たせていた。


その頃、趙雲の陣営は、静かに、しかし確かな緊張感に包まれていた。公孫瓚は、趙雲の傍らに立ち、その冷静な横顔を見つめていた。彼の胸には、不安と期待が入り混じっていた。


(いよいよか……子龍の策が、この大軍を相手にどこまで通じるのか……)


趙雲は、曹操軍の動きを冷静に見極めていた。彼の瞳には、曹操軍の巨大な陣形が、まるで精密な機械のように映し出されている。しかし、その機械の内部には、彼が仕掛けた「見えざる手」による亀裂が、既に深く刻まれていることを知っていた。


「全軍、準備は整ったか!」


趙雲の声は、静かでありながら、その場にいる全ての将兵の耳に、明確に響き渡った。白馬義従の兵士たちは、その声に呼応するかのように、一斉に騎乗し、その白い鎧が朝日に輝く。彼らの顔には、恐怖の色は一切なく、ただ趙雲への絶対的な信頼と、来るべき戦いへの高揚感が満ちている。彼らは、自分たちが趙雲の指揮の下であれば、どんな困難も乗り越えられると信じていた。


曹操軍が、趙雲軍の布陣に迫る。その距離、数百歩。弓の射程圏内に入った瞬間、曹操軍の弓兵が一斉に矢を放った。矢の雨が、空を覆い尽くす。


しかし、趙雲は動じなかった。


「今だ!第一陣、展開せよ!」


趙雲の号令と共に、白馬義従の第一陣が、左右に大きく展開した。その動きは、まるで訓練された鳥の群れのように滑らかで、曹操軍の矢の雨を巧みに回避する。曹操軍の将兵たちは、その予測不能な動きに戸惑いを隠せない。


そして、趙雲が仕掛けた「決定的な戦術」が、ついにその姿を現した。


趙雲が事前に選定した「戦場となるべき場所」は、一見すると広大な平野に見えるが、その地下には、趙雲が周到に準備した「隠された罠」が仕掛けられていた。それは、現代知識を応用した、大規模な落とし穴と、偽装された退却路、そして特定の地点に誘い込むための巧妙な地形操作だった。


曹操軍が、その「戦場」へと足を踏み入れた瞬間、大地が揺れた。


「な、なんだ!?」


「地面が陥没するぞ!」


曹操軍の最前列の兵士たちが、次々と地中に吸い込まれていく。それは、趙雲が事前に掘り進め、巧妙に偽装していた大規模な落とし穴だった。兵士たちの悲鳴が上がり、陣形が大きく乱れる。後続の兵士たちは、目の前で起こった信じられない光景に、足を止める。


「これは……趙子龍の罠か!?」


曹操は、その光景に顔を蒼白にしていた。彼の軍師たちは、この事態を予測できなかったことに、深い無力感に苛まれていた。郭嘉は、疲弊しきった顔で頭を抱え、程昱は唇を噛み締めていた。彼らの「智」は、趙雲の常識外れの戦術の前には、もはや通用しなかった。


「今だ!白馬義従、突撃せよ!」


趙雲の号令が、戦場に響き渡る。落とし穴によって混乱に陥った曹操軍の隙を突き、白馬義従の騎兵たちが、怒涛の勢いで突撃を開始した。彼らは、まるで白い稲妻のように曹操軍の陣形を駆け抜け、その中央を深く穿っていく。馬の蹄が大地を震わせ、その轟音は、曹操軍の兵士たちの耳に、死の足音のように響いた。


趙雲は先頭に立ち、愛槍を振るう。彼の槍は、正確無比な動きで敵兵の急所を的確に貫き、鉄の壁を切り開いていく。その動きは、まるで鍛え抜かれた職人が、寸分違わず木材を切り裂くかのようだ。血飛沫が舞い、兵士たちの悲鳴が上がる。


曹操軍の陣形は、落とし穴による混乱と、白馬義従の圧倒的な突撃によって、瞬く間に崩壊し始めた。兵士たちは指揮系統を失い、恐怖に駆られて我先にと逃げ出した。


「ば、馬鹿な……この曹操が……この曹操が、またしても……!」


曹操は、その光景を信じられない面持ちで見つめていた。彼の広大な軍勢が、まるで砂上の楼閣のように崩れていく。彼の脳裏には、かつて袁紹を打ち破った趙雲の姿が鮮明に浮かび上がっていた。


中原の広大な平野で、二人の天下を争う英傑による、初めての直接対決が始まった。それは、歴史を大きく動かす、壮絶な戦いの序章だった。

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