第17話:中原の動乱と「見えざる手」の布陣
北の大地を公孫瓚の旗が覆い、袁紹という巨星の墜落は、瞬く間に天下を震撼させた。その衝撃は、中原の混沌とした勢力図に、新たな波紋を広げていた。まるで静かな湖面に巨大な石が投げ込まれたかのように、各地の諸侯の間に動揺と警戒の波が広がる。
曹操の本陣では、北からの報せに重苦しい空気が淀んでいた。広大な軍議の席には、普段は自信に満ちた将兵たちの顔にも、戸惑いの色が浮かんでいる。荀彧、郭嘉、程昱といった名だたる軍師たちは、床に広げられた地図を睨みつけ、かつてないほどの困惑と疲弊の色を浮かべていた。彼らは、趙雲が仕掛けてきた「見えざる手」の策に翻弄され、その知性は機能不全に陥りつつあった。
「袁紹があの公孫瓚に……しかも、その背後には趙子龍という若造がいると申すか!?」
曹操は怒りを滲ませ、苛立ちを隠せないまま、床に広げられた地図を乱暴に叩きつけた。彼の顔には、信じられないという焦燥と、計り知れない脅威への警戒が刻まれていた。優秀な軍師たちが有効な策を出せない現状に、曹操自身も苛立ちを隠せない。彼の脳裏には、趙雲の軍勢がまるで影のように動き、袁紹軍の補給を断ち、軍師たちを疲弊させていったという報告が鮮明に蘇っていた。それは、彼の知る戦の常識とは全く異なる、不気味な戦い方だった。
その頃、まだ各地を流浪する身だった劉備一行の元にも、北からの報せが届いていた。宿の簡素な部屋で、諸葛亮と鳳統が地図を広げ、趙雲軍の動きを分析している。
「あの公孫瓚が袁紹を破るとは……これは、趙子龍殿の才によるものに相違ありません」
諸葛亮は冷静に分析し、趙雲の「異質性」への確信を深める。彼の目には、趙雲の戦術が持つ、この乱世を終わらせるための「必然性」が、おぼろげながら見え始めていた。鳳統は皮肉めいた笑みを浮かべながらも、その奇妙な勝利の裏に隠された「意味」を鋭く見抜いていた。
「面白い。あの堅物な袁紹を、あそこまで完璧に崩すとはな。単なる武勇だけではありえぬ。一体、何者だ、趙子龍という男は……」
劉備は、二人の軍師の言葉に耳を傾けながら、北の空を見上げた。彼の心の中には、趙雲という新たな「光」の存在への期待と、それが乱世にもたらす変化への希望が芽生え始めていた。
一方、遠く江南の地では、孫堅が北からの報せに膝を叩いた。彼の息子たち、孫策や孫権、そして若き周瑜も、驚きを隠せない。
「やはり、あの趙子龍殿の力か!あの若造が動けば、歴史は変わる!あの時の助言は、やはり……」
孫堅は、かつて趙雲に命を救われ、死を回避させられた恩義と、彼の言葉の「真意」を思い出し、その胸に熱いものがこみ上げていた。孫堅の元に集う孫策、孫権、周瑜ら若き英傑たちもまた、趙雲の存在を新たな脅威、あるいは乱世を終わらせる新たな希望として認識し始めていた。
趙雲は、これらの諸侯の反応を、自らの情報網を通じて正確に把握していた。北方を平定した今、次の目標は明確だ。中原を制し、天下統一を果たす。そのために、最も大きな障害となるのは、やはり曹操だ。
(曹操の軍師たちは、俺の布石で既に疲弊している。だが、彼らの本質を見誤ってはならない。彼らはまだ、真の力を発揮できる可能性がある。本格的な侵攻の前に、さらに揺さぶりをかけ、その「智」を完全に無力化する必要がある)
趙雲は公孫瓚に進言し、中原進出の準備を本格化させた。彼の指揮の下、これまで以上に兵站のさらなる強化、大規模な斥候隊の編成、そして中原の地理や諸侯の内情に関する詳細な情報収集が始まった。彼の目は、既に広大な中原のどこに罠を仕掛け、どこから崩していくかを見定めていた。それは、まるで巨大な盤上で、無数の駒を動かすかのような、緻密な思考だった。
そして、その準備と並行して、趙雲は曹操への「見えざる手」による攻撃をさらに強化した。趙雲の命を受けた密偵たちが、巧妙に曹操の領内に潜入していく。彼らは単なる情報収集に留まらない。曹操軍の兵糧庫への放火、重要拠点への攪乱、さらには軍内部での不和を煽るような噂の流布。夜陰に乗じて行われるこれらの工作は、まさに目に見えないスパイ戦の火蓋が切られた瞬間だった。
ある夜、曹操軍の兵糧庫で原因不明の火災が発生した。瞬く間に燃え広がる炎は、夜空を赤く染め上げ、曹操陣営に大きな混乱をもたらす。さらに、各地で兵士の脱走や物資の紛失が相次ぎ、曹操の将兵たちは、隣の仲間すら信用できないほどに疑心暗鬼に陥っていく。
「これもまた、趙子龍の仕業なのか……!?」
曹操は報告を受け、怒りに震えた。しかし、その背後にある巧妙な計略は、彼には見抜けない。彼の軍師たちは、疲弊した頭脳で策を巡らせるが、そのすべてが趙雲の予測の範囲内だった。疲弊した彼らの思考は、もはや正常な判断を下せない領域にまで達しつつあった。
北からの「見えざる手」による攻撃は、中原全土に不気味な影を落とし始めていた。そして、その影の正体を、まだ誰も正確に掴めてはいなかった。それは、これから始まる、より大規模な戦乱の予兆だった。
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