第15話:決戦!袁紹軍、その崩壊

夜が明け、北の平野に朝靄が立ち込める中、公孫瓚軍と袁紹軍の最終決戦の火蓋が切って落とされた。肌を刺すような冷たい風が吹き荒れ、兵士たちの顔に緊張が走る。公孫瓚の号令が大地を揺るがす。その声には、長年の宿敵との雌雄を決する、確かな覚悟と、滾るような復讐の炎が宿っていた。公孫瓚軍の将兵たちは、大軍を前にしても怯むことなく、力強い鬨の声を上げた。彼らの目には、既に疲弊しきった袁紹軍の姿が映っている。


(ここまで来た……ここからが、本当の勝負だ)


趙雲の意識は、既に戦場の未来へと向かっていた。前哨戦で仕掛けてきた情報戦と兵站戦は、袁紹軍の士気を削ぎ、物資を枯渇させた。それは、この最終決戦において、白馬義従が「一撃で決める」ための、不可欠な下準備だった。彼の狙いは、袁紹軍の長大な陣形の中央、最も兵士が密集し、混乱が起これば全軍に波及するであろう一点だ。そこを、白馬義従の突撃で物理的に穿ち、敵の中枢を直接破壊する。それが、この戦いを、そして公孫瓚の運命を決する「必然性」なのだ。


袁紹軍の布陣は、兵数の多さを誇示するかのように、広大な平野を埋め尽くしていた。その数、二十万。旗が林立し、兵士たちのざわめきが地響きのように伝わってくる。袁紹自身も、自らの本陣で悠然と構えている。周囲には、疲れ切った顔の軍師たちが控えているが、彼らに進言する気力も、それを聞く袁紹の耳もなかった。


「公孫瓚め、愚かにも正面からぶつかってくるか!これこそが望むところよ!」


彼の顔には、いまだ自軍の兵数への慢心と、勝利への確信が浮かんでいた。軍師たちは消耗し、あるいは忠言が届かなくなったことで、その指揮に疑問を呈することすらできない。彼らの顔には、疲労と諦めの色が浮かんでいた。袁紹の耳は、自身の勝利への陶酔によって完全に塞がれていた。その傲慢さが、彼の末路を決定づけるだろう。


趙雲の指示は、的確かつ迅速だった。公孫瓚の総大将としての号令が響き渡る中、趙雲は白馬義従の指揮官として、その最前線に立った。


「全騎兵、中央突破!敵陣を、縦に裂く!」


白馬義従の騎兵隊は、趙雲の号令の下、一糸乱れぬ隊列で大地を揺るがす勢いで突撃を開始した。鉄鐙と改良鞍で武装した彼らは、もはや「騎兵」というよりも、鋼鉄の塊が波となって押し寄せるかのような威圧感を放っていた。馬の蹄が巻き上げる砂煙が、彼らの白い鎧と一体となり、まるで幽霊の軍勢が迫るようにも見える。その突撃の威力は、袁紹軍の兵士たちの想像を遥かに超えていた。


「な、なんだ、あの騎兵は!?」


「馬鹿な!まるで壁が動いているようだ!槍が、槍が折れるぞ!」


袁紹軍の最前列の兵士たちは、白馬義従の突撃を受けて、瞬く間に粉砕された。趙雲は先頭に立ち、愛槍を振るう。彼の槍は、正確無比な動きで敵兵の急所を的確に貫き、鉄の壁を切り開いていく。その動きは、まるで鍛え抜かれた職人が、寸分違わず木材を切り裂くかのようだ。血飛沫が舞い、兵士たちの悲鳴が上がる。


袁紹軍の陣形は、その一点を突破されたことで、まるで糸が切れたかのように脆くも崩れ始めた。兵糧の不足、長引く行軍による疲弊、そして「白馬の亡霊」という噂による士気の低下が、ここに来て一気に噴出したのだ。中央を突破されたことで、兵士たちは指揮系統を失い、混乱に陥る。


「逃げろ!」「白馬の鬼だ!」「飯も食えねえのに戦えるか!」


恐怖と飢えに駆られた兵士たちは、武器を投げ捨てて我先にと逃げ出した。指揮官たちの怒号も、もはや彼らの耳には届かない。軍全体が、まさに雪崩を打つように後方へと崩壊していく。その様は、組織として完全に機能を失った、無秩序な群れのようだった。


(この混乱こそが、俺が望んだものだ!)


趙雲の瞳に、勝利の光が宿る。彼の情報戦、兵站戦は、単に敵を疲弊させるだけではなかった。それは、この物理的な「崩壊」を引き起こすための、確かな「必然性」だったのだ。数週間の謀略と、兵士たちの訓練が、この一撃にすべて繋がっていた。


公孫瓚は、その光景を信じられない面持ちで見つめていた。白馬義従が、まるで獣のように袁紹軍の内部を駆け巡り、その陣形を内側から破壊していく。それは、彼が長年夢見た、袁紹打倒の瞬間だった。彼の顔には、畏怖と、そして純粋な歓喜の涙が浮かんでいる。


「見事だ……子龍……見事だぞ!」


公孫瓚の高揚した叫びが、戦場に響き渡る。


袁紹は、本陣でその光景を目の当たりにし、顔を蒼白にしていた。彼の広大な軍勢が、まるで砂上の楼閣のように崩れていく。軍師たちは沈黙し、誰も彼に助言を与えることはできない。彼の耳には、味方の悲鳴と、白馬義従の蹄の轟音だけが響き渡る。


「ば、馬鹿な……この袁紹が……この袁紹が負けるだと……!?」


彼は、己の慢心と、見えぬ策に翻弄された結果を、今、この目で突きつけられていた。彼の脳裏には、かつて見下した公孫瓚の若き将、趙雲の姿が鮮明に浮かび上がっていた。


戦場の混乱は最高潮に達し、袁紹軍の残存兵は総崩れとなった。白馬義従は、崩れ去る敵を徹底的に追撃し、その戦力を完全に無力化する。北方の大地は、公孫瓚軍の勝利の雄叫びで満たされた。袁紹の旗が地に倒れ、その名門の時代が終わりを告げる。


この勝利は、単なる一戦の終結ではない。


それは、白馬義従が真の力を手に入れ、趙雲の描く歴史が本格的に動き出したことを告げる、新たな時代の幕開けだった。

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