第31話 揺らぐ違和感
松明を掲げた兵士たち――その中にいたのは、見覚えのある顔だった。
「誰だお前ら!」
兵士のひとりが鋭く叫び、剣を構える。
だが前に出てきた男が手で制した。
「待て。……見覚えがある顔だな。ネフくんじゃないか?」
銀髪を揺らして現れたその男。レオン。リヴィアの兄にして、この国の“五強”のひとり。
彼の声を聞いた瞬間、兵士たちは剣を下ろし、一歩下がった。
「どうしてここに……」
安堵が胸をよぎったのも束の間、レオンの視線が俺の隣へと落ちる。布をかけられた体に気づき、彼の表情がわずかに揺れた。下半身を失ったリヴィアの亡骸が横たわっていた。
空気が凍り付く。
そして、レオンの口がゆっくりと動いた。
「……リヴィア?なんで、リヴィアが……死んでるんだ」
その問いに、喉が張りついたように言葉が出なかった。けれど黙っているわけにもいかない。俺は深く息を吸い、吐き、そして答えた。
「……教国側の魔術師と、その仲間の剣士と……この村で戦闘になりました」
声が震えた。
「リヴィアは俺を庇って…その、剣士に。俺が弱かったせいで、すみません……」
絞り出すように言うと、レオンはしばらく沈黙した。炎に照らされた彼の顔は、悲しみを堪えているように見えた。
そして低く、言った。
「……リヴィアでも、勝てなかったのか。ネフくん達は、大丈夫だったかい?」
あまりにも落ち着いた声音。まるで妹を失った直後の人間とは思えない。
俺は返事をせず、視線を落とした。
悲しんでいるように見える。だが実の妹を失ったなら、もっと泣き崩れてもおかしくないのではないか――いや、兵士なのだから、お互い死ぬことを覚悟していたのかもしれない。
俺は一瞬、違和感を覚えたが、兵士としての覚悟なのだろう、と自分に言い聞かせた。
そのとき、焚き火の傍で身じろぎする気配。ミルルが目を開け、上体を起こしていた。
寝ぼけ眼でこちらを見て、そしてレオンに気づくと目を丸くした。
「……ネフ。あれ、レオンさん?」
レオンは柔らかく微笑み、頷いた。
「やあ、ミルルちゃん。こんな夜更けに大変だったね」
ミルルはかすかに笑い返したが、すぐに首をかしげる。
「レオンさんは、なんでこんな遠い村まで? しかも夜遅くに……」
「実はね、この村で戦闘があったって情報が入ったんだよ。最初は本気にしてなかったけど、首都の方から来てみたら、まさかこんなことになってたなんてね」
「案外、早いんですね……」
その会話を聞きながら、俺は心のどこかで引っかかりを覚えた。
この村から首都までは、馬を飛ばしたとしても片道五、六時間はかかる。誰かが俺たちの戦闘を見て首都に知らせ、そこからレオンたちが駆けつけたとすれば――どう考えても到着が早すぎる
そして、レオンたちが来た方向は――マナが逃げた方角と同じだった。
すれ違ったとしてもおかしくない。
もっとも、真っ暗な夜にフードをかぶって走っていれば、気づかれないかもしれないが……。
俺は思い切って口を開いた。
「……途中で、大荷物を抱えて馬に乗った人物を見ませんでしたか? 俺たちの方から、レオンさんたちが来た方向に逃げていったはずなんですが」
「ああ、いたね」
レオンは即答した。
「すごかったよ。あんなに大荷物を抱えて、女の子が必死に走ってたから止めようと思ったけど…こっちに来る方が優先だと思ってね」
くそ…やっぱり、逃げられたか。
唇を噛みしめた俺は、そのときふと、彼の言葉の一部に引っかかった。
――女の子?
「……レオンさん」
「レオンでいいよ。どうしたの?」
俺は視線をぶつけるようにして言った。
「外は真っ暗でしたよね? しかも、レオンさんたちは馬を走らせて急いで来たんですよね」
「ああ、そうだよ。大変だったなぁ」
レオンはあっさり頷く。
「……その馬で走っていた“女の子”。どんな服装をしてました?」
「んー、暗い色の服にフードを被ってたかな。すれ違った程度だから、僕はあんまり覚えてないよ」
「では――なぜ“女の子”だと分かったんですか?すれ違った程度で暗闇の中、フードを被ってる人の性別が分かったのですか?」
ミルルが隣で小さく息を呑み、呟いた。
「……確かに……」
その瞬間、焚き火の炎が揺れたように見えた。空気が変わった。
レオンの笑みは崩れない。だが、その背後から凍りつくような圧が放たれる。
心臓が勝手に跳ね、呼吸が乱れた。
「……そりゃあ、身長が小さかったし、体付きも男には見えなかったからね。なに? ネフくん、僕を疑ってるの?」
声は穏やか。けれど、言葉の端々に棘が混じる。俺は背筋に汗が伝うのを感じた。
レオンは兵士たちに視線を向け、爽やかな口調で告げた。
「悪いけど、少し三人で話したいんだ。君たちは向こうで待ってて」
兵士たちは一礼し、静かに距離を取った。
残されたのは、レオン、俺、ミルルの三人だけ。
火の粉が舞い上がり、静寂が訪れる。
そして――レオンの口が、ゆっくりと開いた。 笑顔も、柔らかな声も消え失せ、代わりに現れたのは冷え切った本性だった。
「お前たち。やっぱり、あいつと一緒に死んでくれないか?」
焚き火が爆ぜ、闇にその声が響き渡った。
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