第30話 蘇生と代償
「……お前、本当にネフ=アシュトンか?」
マナの言葉に、心臓が跳ねるのを感じた。
どういう意味だ……?
まさか、俺が“ネフ=アシュトン”ではなく、中身が違うと――バレたのか?
なにかこいつは、知っているのか……?
息を飲み、問い返す。
「……なぜ、そんなことを聞くんだ」
マナは少し顎に手を当て、こちらをじっと見つめた。
「いや、なんとなくじゃが……違和感があるんじゃ。お前は“ネフ=アシュトン”のようで、そうじゃない。まるで――中身が入れ替わったみたいでな」
背筋を冷たい汗が伝う。
これは聞いてもいいのか……?
俺が“ネフ=アシュトンではない”と――そう告げてしまっても。
「……もし、そうだったら?」
その瞬間、マナの瞳が大きく開かれ、食いつくように身を乗り出した。
「やっぱり! そうなんじゃな!」
声が震えるほどの興奮している。
「まぁ……失敗には変わらないんじゃがな。
じゃあ、つまり――ネフ=アシュトンの体に、お前の魂が無理やり入り込んできたってことか?」
「俺に聞くな。分かるわけないだろ」
「ふむ……わしにもさっぱり分からん。別の魂が入り込むなんて、これまで一度も考えたことはなかった。魔法の不具合で紛れ込んだ“異分子”……ということかもしれん。」
思わず奥歯を噛みしめる。
――つまり、ゲームでいうバグみたいなものか。
本来なら“ネフ=アシュトン”がそのまま復活する
はずのところに俺が割り込んで入り込んだ……?
そんなこと、本当にあり得るのか。
だとしたら――
「……ネフ=アシュトンの魂は、どうなったんだ?」
声が震える。
マナは肩をすくめ、あっさりと笑った。
「さあな。そのまま死んじゃったんじゃないか?」
笑いながら答えるマナの声が、やけに遠く響いた。
魂を追い出して、その肉体を奪った。
……そうすると、俺がネフ=アシュトンを殺したってことにならないか。
俺は人を殺すつもりなんてなかったのに、気づけば最初に手にかけたのは――この体の持ち主。
吐き気のような罪悪感が胸の奥からせり上がってきて、頭がぐらぐら揺れる。
だが、その時ふと疑念が過った。
――なんで、こいつはここまで話すんだ?
俺が問いかけたから答えた、そういうことかもしれない。
だが、こいつにとって俺に協力する理由なんてどこにもないはずだ。
答える必要も、情けをかける必要も、全くない。
なぜ蘇生魔法のことを話す。
「どうして蘇生魔法なんて研究を――」
問いかけようとしたその瞬間だった。
マナが俺の言葉を遮り、にやりと口角を吊り上げた。
「なぁ、ネフ=アシュトン……って呼んでいいのか分からんがな。お前、なんで私がこうも自分からベラベラ話すと思う?」
「……」
「私が研究していたのは――“あの方”に命じられたからじゃ」
あの方……? 誰だ?
「もしも蘇生魔法が完成したらどうなると思う?」
マナの瞳が狂気じみた光を帯びていた。
「死んでも復活する兵を作れたら……こんな戦争、一瞬で終わってしまうだろうな」
「……何が言いたいんだ。お前の魔法は失敗した。お前たちは俺の仲間を殺した。国に連れ帰って独房で一生を過ごしてもらうぞ」
その言葉に、マナはケタケタと笑い出した。
「ははっ……やっぱり、お前は愚か者じゃ! “完成”したんだよ。お前がバカでよかった、ネフ=アシュトン!」
「……!?」
叫んだ瞬間、マナは服の中から小さな杖を抜き放った。
それを振りかざしたかと思うと――
轟音と共に視界が真っ白に弾け飛ぶ。
「ぐっ――!」
爆風が体を叩き、背中から壁に叩きつけられた。
耳が割れるほどの衝撃音、焼けた石の匂い、肺をえぐる煙。
痛い。全身が痛む。皮膚が裂け、血が流れている。
――だが、死んではいない。
体の奥から、自己修復の感覚がわずかに走る。
生きている。まだ、生きている。
「はぁ……はぁ……何が……起きた……」
目をこすり、視界を取り戻したとき――
部屋の横の壁がごっそり吹き飛び、大穴が開いていた。
「……爆発魔法……?」
聞いたことがない。だが現実に、俺の目の前でそれが使われた。
瓦礫の向こう――月明かりの下で、馬の蹄の音が遠ざかっていく。
その背にしがみつくように、荷を抱えた小柄な影が見えた。
「あいつ……!」
「お前とルークが戦ってる間、何もしてないと思ったか?」
彼女の声が闇に響く。
「馬を呼んでおいたのじゃ!」
歯を噛み締め、体を動かそうとする。
だが――傷がまだ塞がりきっていない。
脚に力が入らない。走れない。
「……くそっ!」
マナは振り返らない。
ただ必死に馬にしがみつき、夜の闇へと遠ざかっていく。
俺は追えない。
ただ、無力にその姿を見送ることしかできなかった。
リヴィアを失い、そして――マナにも逃げられた。
心の奥で、何かが音を立てて崩れていく。
絶望だけが、残った。
**
やがて、どうにか立ち上がり、足を引きずりながら外へ出る。夜の冷えた空気が肌にしみる。
歩きながら、ミルルのことを思い出した。
ミルルは――リヴィアの隣にいたはずだ。
戻ると、やはりそこにミルルはいた。
顔には疲れの色が濃く、リヴィアの遺体の隣で膝を抱えて座っている。リヴィアの顔には布がかけられていて、それをそっと整える小さな手が震えていた。どうやら自分でかけてやったのだろう。
俺に気づいたミルルは、一瞬ぱっと安堵の笑みを浮かべた。けれどその直後、表情はすぐに揺らぎ、全身の力が抜けるように俺の胸に倒れかかってきた。
「おい……どうした」
慌てて支えながら声をかける。まさか怪我かと身を強張らせたが、耳を澄ますと規則正しい寝息が聞こえてきた。
「……寝てるだけか」
胸の奥に安堵と、言葉にできない切なさが入り混じった。リヴィアを失った衝撃と、ここまで必死で見張っていた疲れが一気に押し寄せたのだろう。
俺はそっとミルルを抱え、焚き火を起こして近くの地面に寝かせた。火の明かりが、リヴィアの白い布をぼんやり照らし出した。
……問題はリヴィアだ。
このままにしておくわけにはいかない。
焼いた方がいいのだろうか……。
頭の中で答えの出ない問いを繰り返す。手は動かず、ただ焚き火の炎がぱちぱちと音を立てるのを聞くだけだった。
そのとき――
「おーい! こっちに煙が見えるぞ!」
闇を切り裂くような声が響き、思考が一瞬で途切れ、反射的に顔を上げる。暗がりの中、複数の影がこちらへと近づいてくるのが見えた。
その中の一人の顔に見覚えがあった。
それはレオンであった。
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