第32話 壊れた仮面

「お前らもリヴィアと一緒に死んでくれないかって言ってるんだ。」


唐突な言葉だった。軽く吐き捨てられたその一言で、場の空気が一変する。見えない圧力が辺りに広がり、胸が押し潰される感覚。呼吸すらまともにできない。


レオンの顔は、爽やかなものではなく、どす黒い感情に塗り潰された化け物のようだった。


「あいつは、生まれていいはずないんだ。ゴミの分際で友人なんかいるから死んだ。」


冷たい声が、刃のように突き刺さる。ミルルが震える唇を動かした。


「あ、あの……レオンさん……?」


恐る恐るかけた声に、レオンの目がぎょろりと動き、次の瞬間には彼女に向かって歩み寄っていた。その赤髪を掴み上げ、体ごと軽々と持ち上げる。


「だからっ!!あいつは家の汚点なんだよ!!」

 

怒声が響き、狂気が弾け飛ぶ。掴まれたミルルが必死に足をばたつかせ、腕を振り回しながら叫んだ。

 

「やめて! 離して!!」


その必死さは、恐怖に怯えるだけではない。まだ生きたいという意志が宿っていた。俺は咄嗟に一歩踏み出し、レオンの手首を掴む。


「……離してもらえますか。」

力を込めると、レオンがぎろりと睨み返してきた。


「なんだよお前、やるの?」


その視線は氷のように冷たく、怒りを孕んでいる。だが俺の力を感じ取ったのか、レオンはふっと手を放し、ミルルが地面に崩れ落ちる。彼女は咳き込みながらも必死に呼吸を取り戻した。


そこに立っているのは、もう先ほどまでの爽やかな青年ではない。狂気に歪んだ顔。その姿に恐怖を覚えながらも、俺は問いかけずにはいられなかった。


「いきなりなんなんですか。汚点ってなんですか!リヴィアのことですか? それに……レオンさん、あのマナって魔術師のことを何か知ってるんじゃないですか?」

 

レオンの口角がゆっくりと吊り上がる。

「答える必要が無い。僕がお前らを今すぐ殺せるからだ。」


その言葉で確信した。レオンは何かを知っている。いや、隠している。


「……まさかレオンさん、あの魔術師を守ろうとしてるんですか? 手を組んでるとか? 何故何も答えないんですか!」


「…………。」


「レオンさん、いや――“レオン”。何か答――」

 

え?

視界に赤い色が広がった。熱い。目線を下げると、俺の腹に金色に輝く剣が突き刺さっていた。目の前にはもう片方の剣を抜こうとするレオンの姿。

 

「……これもう二回目だぞ。」

ルークに刺された時の感覚が脳裏をよぎる。

 

「死ね!! ネフ!!」

狂ったように笑いながら、二撃目を繰り出そうとするレオン。やばい。死ぬ。絶対勝てない。反射的に目を強く閉じた。

 

――ピシッ。

音がして、恐る恐る目を開ける。レオンの剣は止まっていた。彼の片手には小石が握られている。

 

「へぇ……ミルルちゃん。馬鹿みたいに怯えてるだけじゃなくて、こんなムカつくことできたのか。」

視線を横にやると、ミルルが震える足で立ち、小石をいくつも握りしめていた。投げたのだ。必死に。


「どっちもどうせ殺すんだから……お前からでいいや。」


レオンは石を地面に放り、ゆっくりとミルルの方へ歩き出す。背筋が凍る。


「やばいやばい。このままだと……ミルルが殺される。」


俺は腹に刺さった剣を握りしめ、一気に引き抜いた。

 

――ズルッ!

「ぐっ……ああああああっ!」

肉が裂ける感触、骨をかすめる嫌な振動。抜けた瞬間、血が一気に溢れ出し、地面を赤く染めた。

 

「ハハッ、抜かない方が良かったのに。出血多量で死ぬだろ。」


レオンは俺を一瞥もせず、楽しげに言葉を投げ捨てながらミルルへと歩む。


(いや、俺には自己修復がある。剣さえ抜ければ……!)


しかし、肉が閉じていく感覚は確かにあるものの、あまりにも遅い。

ルークに刺された時も、マナの爆発魔法を浴びた時も、もっと早く修復したはずだ。

 

「まさか……自己修復にも限界が……?」


頭が真っ白になる。ミルルは必死に走っている。ミルルのスピードなら、普通の兵士相手なら逃げ切れるはずだ。

だが相手はレオンだ。悠々と歩きながらも、彼は獲物が逃げ惑う様を愉快そうに眺めている。狩りを楽しむ捕食者の顔。


しかも、戦術眼を発動してもレオンのオーラは“透明”なので、何ひとつ読み取れない。

戦況を見抜く眼が、ここに来てまるで意味をなさない。


焦りで頭が熱くなる。息が荒くなる。

俺の傷は治らず、ミルルの逃げは時間稼ぎにしかならない。

全身が「終わりだ」と叫んでいた。


「もう、終わりだよ。ミルルちゃん!」


考えていると、ミルルは足がつまずいて転んでいた。レオンはわざとゆっくり歩み寄り、剣を構えて笑う。

 

「何か……何か方法は……!」


その時、ふと思い出す。まだ使っていないスキルがある。

――瞬間強化。


足に意識を込めた瞬間、視界が一気に流れた。身体が爆発的な速度で前へ飛ぶ。気づけば俺はミルルの前に立ち、振り下ろされようとしたレオンの剣を弾き飛ばしていた。

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