第11話 その刃に宿る殺意
紫色の光が揺らめく。
ヴェルドのオーラは、戦術眼で見る限り以前より確かに小さい。
ノルの渾身の一撃と、ゲイルが折った左腕――その代償は確かに奴を削っていた。
今は俺よりわずかに大きい程度。
だが、その色は濃く、紫が絡むたびに、視界の奥で不気味なざわめきが走る。
この圧迫感は、数字や大きさでは測れない。
ノルは土の上で横たわり、血の匂いを漂わせていた。
深呼吸。視界の奥を覗き込み、戦術眼を起動する。
オーラが浮かび上がる。位置はわかる。だがそれだけだ。
「…じゃあもう行くよ」
次の瞬間、ヴェルドの姿が掻き消えた。
音もなく、ただ空気が揺れる。
背後――反射的に剣を振る。
鋼がぶつかる音と衝撃が走り、腕が痺れた。
(片腕とは思えない…)
ヴェルドは笑い、死角へ滑り込む。
低い体勢からの突き。
剣で受けるが、足が地面を抉りながら後退する。
「どうした。防ぐだけか?」
連撃が襲いかかる。
一撃ごとに腕や足に激痛が走り、骨がきしむ。
こちらの反撃は空を切るばかり。
踏み込み、斬撃を放つが、オーラがふっと逸れ、刃が触れる寸前に体をずらされる。
次の瞬間、肩に深い切り傷。
「ぐっ……!」
呼吸が乱れる。
脇腹に肘打ちを受け、肺の空気が押し出された。
視界が白く弾け、膝が崩れかける。
(……まずい。このままだと削られて終わる)
腹の奥に意識を沈める。
熱が渦巻き、裂けた筋肉と皮膚がうごめき始める。
自己修復――。
皮膚が塞がり、血が止まり、呼吸が戻る。
「……おや?」
ヴェルドの眉が僅かに動いた。
「回復能力か。興味深いな」
「……俺は倒れない」
「だが、死なないわけではないでしょ?」
すぐさま斬撃。
俺は防ぐのがやっと。
肩、太腿、胸――次々と切り裂かれる。
そのたび自己修復で塞ぐが、再生が追いつかない。
体力も集中力も削れていく。
ヴェルドは一歩も引かず、間合いを完全に掌握している。
俺の剣は届かない。
奴の動きは、まるで俺が振る前から軌道を知っているかのようだ。
やがて、剣が俺の首元へゆっくりと構えられた。
紫の光が鈍く脈打ち、首筋に冷気が走る。
足が地面に沈み、膝が抜ける。
「終わりだ」
刃の先が、呼吸のたびに喉元へ近づく。
奴の眼が細まり、俺の命を測っている。
「……あとは、あの子供だな」
視線の先――アレン。
小さな体で剣を構えている。
震えながら、それでも前を見ていた。
(……守れない)
もう立つ力も、剣を振る力も残っていない。
自己修復すら、もう動きが鈍い。
紫の光が視界を覆い、耳鳴りが響く。
――ギィンッ!
耳を裂く金属音。
ヴェルドの体がわずかによろめき、紫の軌跡が乱れる。
「……ほう」
奴の背後に、巨大な影。
剣を振り抜いたノルが立っていた。
血に濡れた鎧。
だが、その瞳は鋭く、力を宿している。
「かすり傷か……上等だ」
低く吐き捨て、剣を肩に担ぐ。
そのまま俺をちらりと見た。
「――新人、まだ戦えるか」
その声は静かで、迷いがなく、背中で全てを守るような響きだった。
胸の奥に残っていた火が、一気に燃え上がる。
「ああ……戦える」
「なら、二人でやるぞ」
ヴェルドが口角を上げ、薄く笑った。
「面白い。最後ってわけだ」
紫のオーラが再び膨れ上がる。
その光に、俺とノルの気迫がぶつかる。
(――絶対に、ここで終わらせる)
**
ノルが血を吐きながら、ふらつく足で立ち上がった。
背筋は曲がり、呼吸は荒く、右腕はだらりと下がっている。
それでも――その目だけは、戦う前よりも鋭く光っていた。
「……新人。聞け。俺は……あいつの動きに、
ほんの一瞬だけ死角ができるのを見た」
ヴェルドがゆっくりとこちらへ歩を進める。足音はしない。ただ、紫が混ざった不気味なオーラだけが迫ってくる。
戦術眼をさらに研ぎ澄ませる。ヴァルドを覆う
そのオーラが……ほんの刹那、波紋のように揺れた。
それは、剣を振り抜いた直後、左足に重心がかかる瞬間――。
ノルは俺を一瞥し、笑った。
その笑みは「俺に任せろ」とでも言うようで、妙に清々しかった。
「何を……」と問いかけるより早く、ノルはヴェルドへ突っ込んだ。
その動きは、明らかに致命的だった。
防御も回避も放棄し、ただ正面から相手を迎え撃つ覚悟――いや、自分を犠牲にする覚悟。
「うおおおおおッ!」
金属同士がぶつかる轟音。
ノルの剣がヴェルドの一撃を受け止めた瞬間、腕が不自然に曲がり、骨が悲鳴を上げた。
全身に血しぶきが散る。だが、それでもノルは剣を押し返さず、逆に押し込まれる形でヴァルドを釘付けにする。
まるで――自分の体を杭にして、相手をその場に縫い止めているようだった。
その瞬間、俺の視界に、あの「揺らぎ」がはっきりと見えた。
ノルが生み出した、一度きりの隙。
(今しかない――!)
俺は足を地面に叩きつけ、全身をバネのように弾き出す。
これまでの型も、教えられた理論も捨て、獣の勘と殺意だけで剣を振り抜いた。
空気を切り裂く音が耳を突く。
「――おおおおおッ!」
紫のオーラが裂け、肉が断たれる感触が手に食い込む。
ヴェルドの顔が驚愕に歪み、血が舞った。
ノルがようやく剣を押し返し、俺の刃は深々とヴェルドの胸へ貫いた――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます