第22話 信頼 ─孤独の療養室─

「気分はいかがですか、トーマス」


 その日もイヴァンはトミーの見舞いに療養所を訪れていた。


「悪くないよ」


 トミーは短く答えた。顔色が悪いわけではない。ケガをしたわけでもない。ただ──心が病んだ。


 初めて持った拳銃は重かった。初めて撃った人は助からなかった。


「サポートが遅れ申し訳ありませんでした」


 イヴァンはそう言って、少し頭を下げた。


 今は何を言われてもあとの祭りだ。事実は変わらない。後悔しても──取り戻せない。

 そう思うと、トミーは何も咎める気にはなれなかった。


「皆も心配してます」


 その言葉にトミーは自虐的な笑いを浮かべた。


「誰が? その場限りの人間にかい? 彼らは俺を信用してなかった。『卒パス(卒業試験の名を借りた実地試験)』だと言ってね」


 その言葉にイヴァンは静かに答えた。


「信用はしてません。ですが、信頼はしてます」


 彼の返事にトミーは初めてイヴァンと目を合わせた。


「他人を信用しすぎると、誤りに気づけなくなることがあります。彼らは自分しか信用しません。ですが、自分にない能力については、信頼を置いています。誰も、あなたの能力を否定してはいないはずです」


(確かに……。彼らは彼らのできることをやった。そしてできないことを、言いつけられることもなかった……)


 トミーはあの時、一緒に戦ったノヴァの言葉を思い出した。


『あとで迎えに来るから──生きて帰ろうぜ』


「信用せず……信頼して……」


 しばらく黙っていたトミーはイヴァンに尋ねた。


「なぜジャスは裏切ったんだ?」


「……聞きますか? 聞かずに裏切り者のままの方が、貴方の行為は大義名分として正当化できますよ」


 それを聞いて、トミーは再び自嘲した。


「君は正直者だね。残酷なまでにも」


 イヴァンは否定しなかった。言葉を返せば「彼にはやるせない理由があった」と同じ意味があるのだった。


「人殺しの自分を正当化する気はない。本当のことが知りたいんだ」


 トミーはそう言ってイヴァンを見た。


 ◇


 一息ついて、彼は話を始めた。


「彼の祖国は軍事力が弱く他国に依存しています。そのため、干渉も多く、内乱も起きやすい」


 イヴァンはひと言ひと言を確かめるように話を始めた。


「彼には妹がいますが、行方不明になっていて……彼はずっと、探していました」


(……妹がいるのか)


「ですが、見つけたのは彼ではなく敵側の組織だった。彼は我々の情報と引き換えに妹との暮らしを保障された」


 目を伏せたまま静かにその話を聞いていたトミーはぽつりと言った。


「妹と暮らせれば、所属する組織はどこでも良かった」


 トミーの言葉にイヴァンは低く答えた。


「ですが、どの組織にいても、その存在までは保障されない」


 誰もが、その存在を保障されることはなかった。


「局員全員に当てはまる言葉です」


 たとえそれが「裏切り者」でも「適格不合」でも。


「だから、君は僕のところへ足を運ぶのか?」


 使い物にならなければ、切る。それが組織のルールとして存在している。


 イヴァンはトミーの問いには答えなかったが、ただ一言、彼に告げた。


「僕らは最初に教わります『れいを守りいのちを守れ』と。令とは“いいつけ”です」


「つまりは、『任務』」


 イヴァンは頷いた。更に言葉を続けた。


「任務遂行が一番ですが、二番目には命が尊重されます」


「だから『撤収』がある……」


 撤収は『全ての任務を放棄し、その場を離れる』命を守るためのルールだ。支局はそれを使いトミー達を助けた。そしてあの時の任務は「裏切り者の抹殺」だった。


「手が出せなくて、やきもきしたんじゃないのか?」


 トミーは少し笑みを浮かべ、イヴァンの方を見た。イヴァンもほっとしたように少し笑い返した。


「“アサシン”を呼んだのですが……」


 その言葉にトミーは狙撃手が手配されていたことを知った。


「ジェスパーの動きが早く、間に合いませんでした。本当にすみませんでした」


 そう言ってイヴァンは席を立った。その姿を見ながらトミーは考えた。


(彼はいつまで来るのだろう。俺が「適格不合」と判断され、“処分”されるかもしれないことを気にしながら……)


「君は……」


 トミーはイヴァンの背中に話しかけた。


「司令部には向いてないよ」


 司令部は何十もの工作員を相手に動くところだ。1人に拘るところではなかった。


 彼は振り返って笑った。


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